第17話
「……は?」
突然何を言われたのかと振り向き、声を漏らす。
目の前にいたのは、白いワンピースに黒色の上着を着た女子だった。状況からして、五十嶺だろう。
だが目の前にいる彼女は、僕が知っているのとはだいぶ違っていた。まず眼鏡をかけていないし、髪が明るめの茶色をしている。そして全体的にどこか明るい。高校の時は酒井と似たような、落ち着いた雰囲気を持っていたのに。
「……五十嶺?」
「そう!わからなかった?」
念のため訊ねてみると、彼女は笑いながら答えて僕の前に腰かけた。よく見ると顔がほのかに赤くなっていて、どうにも酔っているらしい。
「まだ席にもついてないのに、そんなに飲んだの?」
僕は彼女のグラスを指して言った。1パイント入るそれの残りは、1/4にまで減っている。中身は……ビール、いやシャンディガフだろうか。いずれにせよ、カウンターからここに来るまでの間に飲んだにしては量がおかしい。
「流石に違います!ちょっと前に着いて、そこで酔いを回してたの」
彼女は拗ねたように眼を尖らせ、遠くにある立ち飲み用の席を指さした。
「着いていたのなら言ってくれればいいじゃないか」
「それじゃダメ。こんな話、飲んでないとできない」
「飲んでないとって……ん?そういえばさっきの『ストーカー』っていうのは?」
否定するように右手を振って答えた彼女を見て、僕は先ほどのことが気になり訊ねる。
「そのままの意味。湯川がストーカー」
「ストーカー?一体誰の」
「千尋の」
「まさか。僕は彼氏だぞ」
「知ってる」
「じゃあなぜそんなことを」
「わからないけど、千尋にそう言われたの」
「……なんだって?」
突然の言葉に、思わず声が大きくなる。
僕が酒井のストーカー?何かおかしい。彼女が死ぬその日まで、関係は極めて良好だったはずだ。おかしな様子はなかったし、むしろ最後の一週間は前より積極的になっていたような気さえする。
……だが、それだと彼女が死ぬ理由が見当たらない。そうなるとやはり五十嶺の言うように、僕は彼女に何かひどいことをしていたのか?
「その反応からして、やっぱりウソみたいね」
考え込む僕を他所に、彼女はグラスの残りを煽る。
「ウソ?もっと詳しく教えてくれないかな」
「まぁまぁそんなに焦らないで。湯川もカラじゃない、次を取りに行きましょ」
彼女は僕のグラスを指して言うと、自分のを持って立ち上がった。仕方ない、僕も二杯目を飲むとしよう。
「ジントニックをふたつお願いします。サイズは大きい方で」
「二杯も飲むのか」
大胆な注文をした彼女に、そう後ろから声をかける。
「ひとつは貴方の」
「僕は酒は……」
「ダメ。私だけ飲んでも温度差でさめちゃうでしょ」
意外な返答に抵抗をしたが彼女は聞かず、結局僕にはそれが手渡された。ジントニック1パイント。別に嫌ではないが、どうせ飲むことになるならハイボールがよかった。
「で、ウソっていうのは?」
席に戻り、訊ねる。
「湯川はストーカーじゃない」
「そうだろうけど、どうして言い切れる?」
「自分の彼女をいつまでも名字で呼ぶヘタレがストーカーなんてするわけない」
ひどい物言いだ。面と向かってそんなことを言うなんてずいぶん酔っているんじゃないのか。こうまで言われて平気でいられるあたり僕も少しはまわっているが。
「言ってくれるな。タイミングを探ってたんだ」
「3ヶ月……いや、知り合ってからだと2年半も?」
「……僕はヘタレだよ」
「まぁそんなことは良いの。今さらどうにかなる話でもないしね……悲しいけど」
反論の余地もなくそう返してグラスを口に運ぶと、彼女は悲しそうに眼を逸らす。
「今さら千尋のことが聞きたいなんて、どういうつもり?自殺に追い込んだ犯人を捜して、復讐でもしようっていうの?」
そして、急にトーンを下げて言った。
「そんなところかな」
僕はそれに、そう返す。素直にタイムマシンのことを話さなかったのは、千紗さんのことがあったからだ。またあの話をして、酔った五十嶺に激昂されても困る。
「……そう、よかったわ。まだ千尋のことを忘れてなかったみたいで。恋人にたった2年ぽっちで忘れられるなんて悲しすぎるもの」
それからトーンは変わらなかったが、彼女はほのかに笑顔を浮かべ、淡々と話し始めた。
酒井が俺のことをストーカーだと言い出したのは、飛びおりた日の1週間前からであること。
僕に言わなかったのは、何か理由があってウソを吐いていると思ったのと、教えれば僕が自分を追い詰めてしまうと思ったからであること。
しかし友達などに聞いてみても、他の理由など見つけられなかったこと。
「隠していたのに、どうして教えてくれたんだ。黙っていることも出来ただろうに」
「聞かれたら答えようと思っていたの。聞いてくるってことは、何か目的があるってことだから」
一連の話を聞いて問うと、彼女はそう答えた。
「なるほど、ありがとう。後は自分で調べてみるよ」
「待って」
礼を言って席を立とうとすると、彼女は引き留めた。
「まだ、話を聞けてない人が一人だけいるの。千尋ちゃんの中学の同級生なんだけれどね」
「……そうなのか。じゃあ僕がその人に話を」
「それは難しいかも」
彼女は下を向いて首を振る。
「なぜ?」
「自殺未遂をしたらしいの。だから会えるかどうか……」
友達の後を追おうとして、ということだろうか。それが事実なら、確かに話を聞くのは難しいかも知れない。でも、酒井につながる最後の情報だ。それならば。
「念のため、名前を教えてもらえないかな」
僕は訊ねた。そして、彼女はこう答えた。
「斎藤ひかり……だったと思う」
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