第14話
その後、加藤さんの運転する重機によってマシンが実験室に運び込まれた。12月ということもあってか、マシンは以前として氷に包まれている。
「これはひどい……私の作ったマシンが凍ってしまっている……」
白い冷気を放つマシンを見て、水野さんが愕然とつぶやく。
「ひかりちゃん、温度計を貸して」
続けて彼女は視線をずらさず、手だけを後ろの斎藤に伸ばした。
斎藤はというと、すぐに「はい」と答えてレーザー式の温度計を手渡した。その手際は外科医にメスを渡す看護師の様だった。一年近く経って完全なパートナーとなった感じだろうか。
「ありがとう」
受け取った水野さんは、お湯で溶けた面を避けて計測する。
「何度だ?」
加藤さんが訊く。それに対し彼女は少し黙った後、「時間が経ってる割にはかなり低い……。宇宙並みか、あるいはそれよりさらに冷たい空気にさらされたんじゃないかしら」と神妙な面持ちで言った。
「今までの実験で届いた破片は凍ったりなんかしていなかったのに、なんで急にそんなことが?」
「それは簡単ですよ。これを見てください」
加藤さんが奇妙そうに呟くと、やり取りを見ていたのか、教授が割り込んだ。
彼が見せたのは、時計だった。
「この時計は先ほどマシン内部から回収したものです。これともう一対で作られた時計との時刻差は1時間と12分35秒でした。送り先に指定した時間が一時間前なのを考えると、おかしいですよね」
「そうですね」
教授の説明に、彼は相槌を打つ。
「私が思うに、それは『移動時間』なのではないかと」
「12分の間に凍ったと?」
一連の会話を聞いて、僕は思わず割り込んでしまった。腰を折ってしまったかとはっとしたが、教授は正解、と言わんばかりにうんうんと頷いた。
「そうです。つまり以前までのマシンは一時間前にたどりつけず、かつ何らかの原因によって、それより後の時刻の倉庫にたどりついたのでしょう。だから移動時間が、つまり冷却される時間が短く、凍り付いていなかった」
「なるほど……そうなるともっと過去に行くには寒さ対策が必要になりますね」加藤さんが考えるように頬をさする。
「ええ、その対策のためにも、一度オーバーホールしましょう。ささ、皆さん。よろしくお願いしますよ」
教授のその言葉で、分解作業が開始される。
コアや動力機関、その他の装置が外され、それぞれのデスクへと運ばれる。
外されたコアはほとんどが凍り付き、動くか動かないかわからない状態になっていた。
そして当初の予想通り、中にあったはずのXは消失していた。やはりXは消耗品のらしい。
「こりゃひどいな……1時間がギリギリだったみたいだ。もっと過去に行くためにはマシン本体をもっと改良してもらわねえと……」
凍り付いたコアを抱えて上下左右から見ながら、加藤さんがぼそりと呟く。
「まず何度まで下がるのかを確認しないと始まりませんよ」
「そうだな……とりあえずこいつを修理して、次の実験ではマシン内部に最低温度を記録する装置をつけよう」
「はい」
その後ぶっ通しで部品の確認などを行い、ひと段落つくころには夜が明けていた。時刻は午前九時を指し、もうそんなに立ったのかと驚いた。なにかに集中していると、どうにも時間の進みが速い気がする。
楽しい体験や集中してしまう作業というものは、ある意味一種のタイムマシンなのではないか?
そんなことを思いつつ、最後の体力を振り絞って実験室の片づけを済ませ、いつもの様に斎藤と家路についた。
「実験お疲れ様。コアはどんな感じだった?」
隣を歩きながら、彼女は目を擦る。どうやら眠たいらしい。徹夜しているのだから無理もない。
「だいぶ眠そうだな……。コアはダメだったよ。ギリギリ1時間前に到達する12分の間は動いてくれていたみたいだけど、それ以上行くと低温で動かなくなりそうだ。マシンの方は……って、訊くまでもないか」
僕も眠さのせいか、そう彼女の痛いところを突くような発言をしてしまった。
「まったくダメ。完全に凍って中までキンキンに冷えちゃったみたいで、寒さ対策に大規模な改良が必要になりそう。中にあったカメラも壊れちゃって、データが残っていなかったし」
しかし彼女は怒ったり悲しんだりせず、平然と答えた。少し安心する。
「やっぱりか。このままじゃとても人なんか乗せられないなぁ」
「そう?私はできると思うけど。逆に考えるの。寒ささえ克服すれば、人を乗せられるってね」
「間違いないね」
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