第13話

「どうだった?」


 研究室に戻るとすぐ、ソワソワした様子の斎藤がそう訊いてきた。さっきはあれだけ堂々としていたのに、結果を聞くとなると緊張するらしい。

「成功だったよ」

「ほんとう!?やったぁ!!」

 僕が答えてみせると、彼女は僕の両肩に手をかけてぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。かと思うと、続いて抱き着いてきた。彼女の見た目よりずっと細い肢体と、絹のような髪が首筋と左耳に触れる。

「ち、ちょっと!何を……」

 驚いた僕は咄嗟に彼女の両腕を掴み、それを拒むように力を入れた。

「あ、ごめんね。嫌だった?嬉しくてつい……」

 すると彼女は身体を離した後、心なしか悲しそうに眼を泳がせて、左腕を右手で抱き寄せる姿勢を取った。

「いや、ごめん。少しビックリしただけだ。嫌とか……そういうんじゃない」


 まずいことをしたと思った。確かにただの友人にしては過剰なスキンシップだったが、実験成功の弾みでやってしまったことにあの反応は良くないだろう。彼女は悲しんだだろうか。


「あの、本当に嫌とかじゃないんだ」

「わかってる、大丈夫だから。急に抱き着いたりしてごめんね。あ、ちょっと水野さんと話してくるわ」

 不快感からの行動ではないともう一度伝えたが、彼女はそう作り笑いを浮かべて言うと、後ろを向いて行ってしまった。


「やっちまったなぁ」

 一連の動きを見ていたのか、後ろからそう加藤さんの声がした。

「悪いことしちゃいましたね」

「大丈夫だろ。あのくらいでへこむやつじゃないよ。しかしありゃあたぶん……」

 振り向いて答えると、彼はあきれた様子で首の後ろを掻いた。

「いや、やめておく。後でマシンを運びこむから、準備しておいてくれ」

「……わかりました」

 彼は何か言いたそうだったが、深掘りはしないことにした。どうせ僕の利益にはならないことだ。


 確認もかねて水野さんの方を見ると、彼女は元気そうに話していた。まぁ、このくらい大したことではないか。

 それに続き、今度は教授の方に眼をやる。すると彼は庄司さんと何やら話していて、手には茶色い革の背表紙を供えた、大き目の手帳が握られていた。


「なにを見ているんですか?」

「うぉっ、ああ、湯川くんか」

 僕が話しかけると、庄司さんは驚いたように身体をびくつかせ、僕から距離を取った。心なしか、手帳を隠したようにも見える。

「こ、これ?これはね……」

「私たちの進捗ノートですよ。研究当初からつけていて、中には研究の記録の他に、『マシンの転送に成功する』や『動物を過去に送る』といった経過目標が書いてあります。ちょうど日記のような感じですね。人に見せるのは憚られるので、こうしてひっそりと見ていました」

 あたふたした様子の庄司さんを他所に、教授が整然と答えた。

「そ、そう。公式の研究日誌とは違うから、学生には見せてないんだ」

「なるほど、そうだったのですか。驚かせてしまった様ですみません。加藤さんがマシンを運ぶそうなので、実験室のシャッターを開けておきますね」

「わかっていただけたようでよかった。シャッターも了解です。よろしくお願いします」


 僕は少し怪しさを感じたが、おとなしく引くことにした。人が見せたくないと思っているものを無理に見る必要はないだろう。

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