第24話 家族愛

 イオリは、ハゼリから宿舎内の案内を受けて再び部屋に戻って来た。


「ここで生活するんだ……。本当に……」


 机の上に置いてあった段ボール箱をそっと開ける。船で確認した通りのままだ。一番上に、両親からの手紙が置いてある。

「お父さん、お母さん……」

 目の前がじわりと滲んできた。ごしごしと涙がこぼれるのを拭いながら、入っていた服を取り出した時だった。


「?」


 はらりと落ちた紙。服の間に挟まっていたようだ。取り上げてみる。封筒にも入っていない、一枚の便箋だった。




――姉ちゃん、本当にこんな事ってあんのかよ。本当の世界に帰るって、信じられないって。うちは四人家族なんだよ。俺には姉がいるんだ。一人っ子じゃないぞ。さっさと用事すませて、帰って来いよ! ――




真博まさひろ……』

 “帰って来い”という言葉が、イオリの心の中で大きくなる。両親は、全てを理解していたのでイオリがもう戻って来ないと覚悟をしていた。それでも、再会を願う気持ちが手紙の文面から伝わって来ていた。ただ、はっきりと文字にしていないだけだ。

 だが、弟は違う。突然襲われ、今まで一緒に暮らしていた姉が、実は別の世界の人間だったと聞かされたのだ。信じられなくて当然だ。あまりにも不自然で異常な状況を、すぐに把握しろという方がおかしい。彼の手紙は、乱暴に書かれていた。文字の羅列も歪んでいるし、サインペンで荒々しく書きなぐっている様子に、彼の心情がよく分かる。


 大きな文字で“帰って来い”と強調されている。それがとても潔く、気持ちの良いものだ。イオリは、この手紙を書いている弟が簡単に想像できたので、ふふ、と声に出して笑ってしまった。


『私も家族に会いたいよ……。でも、帰る方法がないの……』



 開いた窓から風が吹き込んで来る。温かい風だ。遠くでピピピ、と鳥の鳴く声が聞こえた。








「ジェイド、賊の警察への引き渡し、完了してるぞ」

「ああ」

 ジェイドは本部を出て、再び港へ戻って来ていた。下船作業の最終チェックと、残っている仕事を片付ける為だ。副大隊長のルクスが船を降りた所で彼を待っていて、いなかった間の事を報告中。足元にはルクスの荷物が置いてあった。

「イオリの事があったから、あいつらの事、すーっかり忘れてた」

「あぁ……。ホントだな」

 そういえば捕まえたんだった、とうっすら思い出す。ジェイドもセーニョ島へ行った最初の目的を忘れていたのだ。

「奴らの報告書、それからイオリを発見した時から下船までの報告書、船の破損個所の報告書、修理依頼書は、お前の机の上に置いてあるからな。後は頼んだぞ」

「仕事が早いな……」

 ルクスの目が血走っている。

「あったり前だ。俺は荷物を本部に置いたら、今日は帰らせてもらうからな。片付けは明日やる。皆に迷惑はかけないよ」

「……グレイスか」

「早く帰って彼女の顔が見たいんだ! 体も心配だしなっ。とにかく! グレイスが足りなくて足りなくてっっ!!」

「タバコみたいに言うな」

 ルクスはジェイドに詰め寄る。目が血走っているだけに、いつもより圧が増して、ジェイドでも若干の恐怖を覚えた。

「相手がいないお前には分からんだろう。愛する妻とマイベビーが家で待ってくれてるんだぞ? そんな幸せな事って他にないんだからな!!」

「はいはい」

「惚れたら負けだ」

「負けたんだな」

「負け上等!! 男は愛されるより愛する方が愛の密度も濃いんだぜ! 我が手に女神をいだける以上の幸福なんて、この世にあるかっ!!」

「あー、よかったね」

 ジェイドは目を逸らした。ルクスの視線が痛すぎて圧が重すぎるのだ。

「じゃあ、俺はこれで失礼するよー! イオリはちゃんと送り届けたんだなー? おっつー♪」


 最後の「おっつー♪」を言う時には、彼はもう港のゲートの方へ行っていた。そして、もうゲートを通り、見えなくなる。愛する妻とマイベビーの元へ、瞬足で走って行った。


 ジェイドはふう、と息を吐きだした。騒々しかったが、親友の気持ちも理解できない事はない。


「昔はあんなにデレデレしてなかったはず……。愛の力ってヤツはすげぇな」



 ぽつりと呟いて、ジェイドは船の中へと歩いて行った。

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