第20話 帰港

「すごい……」


 イオリは一言、つぶやいた。船が戻った港はとても大きく、賑わっていた。軍艦だけではなく商船が多く停泊しているのだ。木製の船が多く、大きさは大小さまざま。船尾を見ればいろんな色や柄の旗が掲げられており、マストのてっぺんには皆同じ旗が風を受けてはためいている。白の布地に青い竜と、白っぽいバラのような花が一輪咲いたツタが、中央に描かれている赤い盾に絡みついている旗だ。センスよくデザインされている。


 軍艦を停める場所は一般の船から離れているが、町に入る入口は同じ。軍人が港を歩けばそれだけで犯罪を抑止できるからだ。万が一怪しい船を見かければ、すぐに対応もできる。イオリは船を降り、ようやく地面に立つ事ができた。まだ体が波に揺られている感覚がある。隣にはミソールと船内にいた時のサイズのウルヴがいた。兵達も下船して、本部がある建物へと向かって歩いている。


 離れた所に停泊している色々な船から、様々な物資が運び出されていた。食料、衣料品、工芸品、まだまだたくさん。箱に山盛りになっているフルーツや野菜を、台車で運んでいる商人がイオリの目にまった。

「トゥナージェス(トマト)?」

 真っ赤で、皮の表面がツヤツヤだ。太陽の光を受けて輝いているのが、離れていても分かる。

「おいしそう……」

「ここはイストゥル王国唯一の港町だからね! 他国からのいろんな物が入って来るよ。海産物も新鮮だし。リオマスにようこそ」

 ミソールが笑顔で説明してくれた。彼女は肩に大きな荷物を持っている。中には戦闘で使った銃や実弾、船での生活用品などが入っていると聞いた。兵一人一人が自分の持ち物をきっちりと管理しているのだという。

 それに比べ、今イオリは手ぶらだった。最初に持っていた紙袋とその中身は、段ボールの箱の中に入れている。それは使っていた部屋に置いたままだ。


「海から他の国との貿易を行うには、ここしかない。海の玄関口を一つにしておけば、守りやすいでしょ? それに、一カ所にいろんな物資が集まるから、税関の管理もしやすいわ。町も栄えるし。けっこう大きな町なのよ」

「へえ」

 イオリは、早く町の様子を見てみたいと思い、商人達の歩いて行く方向を眺めていた。

「ここで待ってろって言われたけど、まだかなぁ……。あっ、大隊長!」

「え!?」

 がばりと振り返るイオリ。するとこちらへ歩いてくるジェイドがいた。手に何かを持っている。ルクスと何か話をしていて、それが終わるとルクスは船へと戻って行った。

「ミソール、お前はもう戻れ。イオリは俺が引き受ける」

「良いんですか?」

「ああ。よくイオリを守った。今日はもう本部で報告書を作成するだけで良いからな。終わったら帰って良い」

「報告書!? 敵襲に遭った時のですか?」

「ああ。お前の立っていた場所から何を見たのか、詳細をしっかり書くんだぞ」

「うええ~~。いつ終わるやら……」

 そもそも、ちゃんと覚えているだろうかと心配になった。突然の事だったので、目の前の事に必死だっただけに、記憶がもう曖昧あいまいになってきている。

「銃も使い物にならなくなっただろう。交換に行け。しっかり手入れしておけよ」

「はぁい。せっかく褒めてもらったのに、嬉しさも半減だわ……。それじゃあイオリちゃん、私は先に戻るね」

「はい。あの、守ってくれて、ありがとうございました」

「それが私の仕事だもの。またね。ウルヴ様、失礼します」

「うむ。お前さんは良い戦士だ」

 ミソールはカワイイ笑顔を見せてくれ、小走りで本部へと戻って行った。


「ウルヴ殿」

「何だ?」

 ジェイドがウルヴに話しかけた。

「イオリの家を襲った四人。さっきの奴以外の者はどうなったのですか?」

「そういえば、話しておらんかったか」

 ウルヴは空を見上げた。青空に雲がゆったりと動いている。

「あとの三人は、とりあえずわしが作った空間に閉じ込めた」

「あなたが作った、空間?」

 ジェイドが眉を寄せた。ウルヴは左の前足で地面をカリ、とかいた。


「昔、得た力でな。この左腕は特別なのだ。あそこでまともに戦えば、辺り一帯、吹き飛んでいただろうから、別空間に追い込んだ。先程のあやつだけは、この爪から逃げられてしもうたが。三人も、それなりの力があれば、抜け出てくるだろう。昔はもっと機敏に動けていたのだが、年は取りたくないのぉ」


「イオリの父親の情報以外で、知っている事は?」

 ジェイドは追加の質問をする。

「わしも知らない事の方が多い。そうだな……。一つ言えるとすれば、奴らから魔力を感じた事だ」

「魔力?」

「わしは魔族との戦闘経験があるから分かる。わずかだったが、確かに魔力だった。本当に人間かどうかも怪しいものだな」

「そうですか……。有益な情報です。ありがとうございます」

「……」

 イオリはゾッとした。背中が寒さを覚える。

(私、そんなのに狙われてるの……!?)

 これからここで生活しようとしているが、無事に過ごせるのか不安で仕方がない。


「質問がなければ、それじゃあ、わしもそろそろ戻るとするか」

 ウルブが首を振り、耳をぱたぱたさせた。

「“原始の森”にですか。ここからでは、かなり距離がありますが」

「わしは、この町の側にある森にがあるから、近いぞ」

「え」

 ジェイドは驚いている様子だったが、あまり表情を崩さない。ウルヴはイオリに顔を近づけた。

「イオリ。慣れない世界でうまくいかない時もあるだろう。それでも、諦めてはいけないよ。諦めは、全てを放棄する事と同じ。大切なものも手放してしまうだろう。諦めなければ道は開ける。周りをよく見るんだよ。お前さんは一人ではないのだ。覚えておきなさい」

「はい」

 彼の言葉に、イオリの冷えてしまった心が少しずつ温かくなっていく。

「ご両親も、お前さんの無事を切に願っておった。住む世界は違えど、心は繋がっていると、わしは信じておる」

 ウルヴの瞳は、少し淋しそうに揺れていた。何か、彼の大切なものを思い出しているかのように。

「はい。ウルヴ様、ありがとうございます」

 イオリは笑顔を見せ、深く頭を下げた。ウルヴは満足そうに目を細めると、くるりと体の向きを変える。長くてふさふさした尻尾が優雅に揺れた。

「ではな」

 そういうと、タンッ、と軽快な足音一つを立てて空高くジャンプし、あっという間に姿が見えなくなった。

「とても優しい狼さんでしたね」

「太古の獣は、普通、人と馴れ合う事はないと聞く。もし巨大な喋る獣と遭遇しても、不用意に近付くなよ。人間を喰う獣もいるんだ。あのウルヴが特別なのかもしれん」

「わ、分かりました」

 獣と触れ合うのは危険と隣り合わせ。この世界は危険な動物がいるのだという事を、頭に叩き込む。



「そんじゃ、俺達も行くか」



 ジェイドの言葉にドキリとした。

「私、どこへ連れて行かれるんですか。荷物も置いたままです……」

「荷物は後で部下が持っていく。今から行くところは、イオリの住む場所だ」

「え!?」

 歩き出したジェイドの後ろを小走りで着いて行く。

「住む所って……私、探さないといけないと思ってました」

「気にすんな。お前は保護対象だ。こっちで面倒を見やすい場所に置いておくだけだから」

「ありがとうございます!」

 イオリは嬉しくてつい声が大きくなった。これから生活していく場所を探すのは、とても大変だと思っていたからだ。

「じゃあ後は、仕事ですかね。お金、ないし」

 一文無しなので、ゼロからスタート。ジェイドはそんなイオリを見た。

「お前、真面目だな」

「お金がないと、生活出来ません」

「そういや、ルクスから聞いたが、仕事経験はないんだったな?」

「はい」

「図書館の管理者の勉強をしていたとか?」

 急に面接が始まった。イオリは緊張が高まった。ジェイドと二人で歩いているこの状況で、既に緊張しているのに。

(合わない仕事を紹介されたらどうしよう……)

 仕事も向き不向きがある。だが、選んでもいられないだろう。とにかく、自分の出来る事を伝えねばと口を開いた。

「はい。情報処理と文書の作成、資料の整理は得意です。接客は苦手です……」

「情報処理と文書作成か……。俺の所に回って来る書類を片付けてくれれば言う事ないが」

 ジェイドがにやりと笑ったのを見逃さなかった。

「私、一般人です。軍の書類なんて触ったら逮捕なんじゃ」

「まぁとにかく、うまく話せるようになってるからな。文字は読めるのか?」

「え、文字?」

 言葉の練習ばかりして、この世界の文字に触れる事はなかった。船内でトイレやシャワー室のプレートは見た気はするが、あまり気に留めていなかった。


 ほれ、とジェイドは持っていたものをイオリに手渡した。


「新聞だ。読める所でいいから、読んでみろ」

 イオリは受け取り、一面を見た。そして足を止める。それに気付いたジェイドも止まった。

「……」

「おい、どうした?」

 税関を目の前にして立ち止まる二人。他国の商人達は持ってきた品物をチェックしてもらい、許可をもらうとゲートを通る。違法に入国することがないようにゲートは厳重に守られ、見張りの警官が多い。一方、軍や警官、漁業関係者など、港の出入りを許されている者は別のゲートを通るのだが、そのゲート前にいる警官が二人を見て首を捻った。



「……読めない」


「あ?」

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