第19話 箱の中身
「着替え、化粧道具……手紙……」
段ボールの中には、生活に必要な用品が入っていた。イオリは身一つでこちらに来た為、着替えなど一つも持っていなかったのだ。まだ色々と入っているが、荷物の一番上に置かれていた二通の手紙を手に取った。
「読んでみなさい」
ウルヴに
「お母さんの字……」
「イオリ、出来れば声に出して読んでもらえるか? 手紙の内容をわし達が知る事を、ご両親も許してくれている。わしらもお前さんについて、知らない事が多いからね」
「分かりました」
日本語の文字は彼らには読めないので、イオリは翻訳しながら読んだ。
イオリの母親からの手紙には、イオリを別の世界へ返さなくてはならず、この手を離れる事への悲しみが綴られていた。そして両親は、イオリを授かった時の事、異世界の人間であったことを知っていながら隠していた事への謝罪が正直に書いてあった。
「伊織、私達は魂のあるべき場所が違っていたけれど、あなたは確かに私達の子供よ。大切で、愛しい、大好きな私達の娘。それは絶対に変わらない。また会えたらと思うけれど、それは叶わないのよね……。私達は、あなたの事を絶対に忘れないわ。あなたの幸せを、ずっと願っています。 お母さんより」
『おかあさん……。うぅ……』
イオリは声を震わせながらも、何とか最後まで読み切り、日本語で母を呼ぶと涙が止まらなくなった。
「もう一通あっただろう。そっちは?」
「ジェイド、お前は鬼かっ」
ジェイドの容赦ない言葉に、ルクスが肘で思い切り彼の横っ腹を突いた。
「いって」
「イオリ、無理しなくていいぞ。少し落ち着いてからでいいからな」
「何すんだよ」
「お前はもうちょっと人の心を持て! 氷か!? お前の心臓は氷で出来てんのか!?」
「しょうがねぇだろ。こっちは情報が欲しいんだ。早いに越したことはない」
二人の言い合いを聞いて、イオリは涙が引っ込んだ。そして、ふっと笑ってしまった。
もう一通に手を伸ばす。
「大丈夫か?」
ウルヴも気を遣ってくれている。
「はい。こっちも開けますね――あれ? 封が開いてる」
シールで止められていた封筒だったが、そのシールが剥がれているのだ。
「こっちはお父さんですね。貼り直したけど、剥がれちゃったのかな」
かさり。便箋を取り出すと、色の違う紙がぺろりと出て来た。普通の便箋よりも小さい、メモに使うような紙だ。
「伊織、覚えている内に書いておく。家を襲ったのは四人。いずれも黒いマントにフードをかぶっていて顔は見えなかったが、胸に色の違う石を着けていた。大柄の者と子供くらいの身長の者が一人ずついた。伊織を追って行くかもしれないから、気を付けるんだよ。伊織を守ってくれる者がいると聞いたから、不安は少しましだが、やっぱり心配だ。どうか、無事でいてくれ」
イオリはじっとその紙を見つめた。父は、治療の後、先に書いていた手紙の封を開き、そこに襲撃者の情報を書いた紙を入れたのだ。イオリへ少しでも敵の事を知らせる為に。
「お父さん……」
自分の事を切に思ってくれている両親に、胸が締め付けられるようだった。
「大隊長」
「何だ」
廊下から部下がジェイドを呼んだ。
「港が見えました」
「分かった。すぐ行く」
彼の短い返事を聞いて、部下は指令室へと戻っていく。
「ルクス、今の話、メモしたか?」
「もちろん」
ルクスは、イオリの父の手紙の内容を間違えないようにメモしていた。
「イオリ」
「は、はい」
今度はイオリの名を呼び、側へ来る。
「その紙には、もう何も書かれていないのか?」
「はい。全部読みました」
「そうか」
ジェイドは頷くと、イオリの肩に手をぽんと置いた。びっくりするイオリ。
「お前のご両親は素晴らしい人だ。誇りに思って良い」
「……はい!」
イオリが元気に頷くと、ジェイドはふっと笑い、ウルヴを見る。
「下船準備に入りますので、指令室に戻ります」
「分かった。わしも向かう場所は同じなのでな、港までこの船に乗せてもらうよ」
「了解です。ご自由になさって下さい。イオリ、お前も自由にして良い」
「はい」
短く会話をすると、ジェイドはミソール以外の部下を連れて部屋を出て行った。
(ジェイドさん……笑った。かっこいい……)
イオリの顔が熱くなる。その様子を見て、ウルヴはしっぽをパタパタと振った。
「まさか、イオリの父親から情報を得られるとはね」
ルクスは感心している。
「ありがたい。実行犯は四人。他の仲間と指示をしている者の存在は謎だが、捕まえて尋問すれば出て来るだろう。情報は常に隊全体に周知させろ。とりあえず今は、下船準備だ」
「了解」
船の廊下に、彼らの足音が響いた。
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