第18話 ウルヴの役目
「ジェイド、とりあえず机と椅子は全部後ろに下げたぞ――イオリ!? どうした、ケガでもしたのか!?」
「いや、腰が抜けて動けないだけだ」
「す、すいません……」
会議室の前でジェイド達を待っていたルクスと部下達が、お姫様抱っこをされたイオリを見てびっくりした。ジェイドは気にする事なくイオリを抱きかかえて歩いているが、イオリは顔から火が出そうなくらい真っ赤だ。恥ずかしすぎて下を向いたままだった。
会議室はとても広かった。巨体のウルヴが入って来るので机と椅子は全て壁際に寄せられ空間を開けていたが、大きさを変えていたので窮屈になることなく、その場にいた者全員が一堂に会した。
腰を抜かしたままのイオリは、椅子を用意してもらい、部屋の真ん中にちょこんと座っている。どんな話をされるのか、イオリは緊張していた。ジェイド達は壁際に立ち、イオリとウルヴの会話を聞き逃さんと静かにしている。
(うぅ……、緊張しすぎて吐きそう……)
今度はイオリの顔色が青くなりそうだった。
「イオリ、硬くならなくていいぞ」
ウルヴはイオリの前に立ち、優雅にしっぽを振り、優しい表情を浮かべているが、カチコチになっているイオリに、ふっと笑ってしまう。長い時を生きているウルヴ。彼は既に若さが溢れるピークを過ぎているが、体から滲み出ている強さや威厳のオーラは、何の訓練も受けていないイオリですらピリピリと感じるものがあった。
「そうだな。まず、お前さんの家族の話をしようか。気になっていたのではないか?」
「! は、はい!!」
イオリは前のめりになる。
「安心しなさい。皆、無事だ。生きておる。父上はケガがひどかったが、治療して元気になったよ」
「本当ですか……。よかった……」
涙が滲む。ずっと心が鉛のように重くしんどかった。自分だけ助かったのではないかと、自分を責める気持ちもあったのだ。目の前にいる神聖な獣の瞳は、嘘を言っているようには見えない。イオリは涙を拭い、ホッと胸をなでおろした。
「風の精霊を何人か連れて来て正解だった。あの者は傷を癒す力を持っているからな。家が襲撃されていると知り、精霊に先にお前さんをガイヤへ連れ帰るように指示をした。家族と別れの挨拶をさせてやる事が出来なかった。すまなかったね」
「……」
イオリは俯いた。混乱の中、家族と離れ離れになってしまったのだから。
「私達を襲って来たあの人達は……何者ですか?」
「詳しい事は、わしにも知らされておらん。わしは、ガイヤが用意した道を通ったが、奴らは別ルートから侵入したらしい。神の力を使わず世界を渡るなど、
ウルヴは首を振った。
「わしの役目は、“異界にいるガイヤの子を迎えに行く事”。円満に任務を完遂出来んかった事が悔やまれるわい」
ウルヴはちゃんとイオリを迎えに行こうとしたのだ。家族の皆が理解してくれ、悲しいがイオリを元の世界へ帰る為に送り出してもらおうと、いろいろ話す事も考えていた。それなのに、予想外の邪魔者が入り、全てが台無しになってしまったのだ。
「あ、あの……」
「何だい?」
イオリが口を開いた。
「私は、本当にこの世界の人間なんですか?」
「ああ、そうだ。この世界の言葉を、何の助けもなく理解している事が何よりの証拠。あちらの世界は、言葉が全く別のものだった。わしはガイヤに言語変換の力をもらわなければ、全く理解出来なかったよ」
ウルヴは、ふぅ、と息を吐いた。
「イオリ。お前さんは、お前さんにしか出来ない事があるから、時が来るまで異世界でその魂は守られ、今、帰って来たのだよ。ガイヤに与えられた、役目を果たす為に」
「私の、役目……?」
「お前さんの役目が何なのかは、誰にも分からない。それは、自分で見つけ出す他ないのだ。今は分からなくて当然だ。焦らず、まずは生きる事を考えなさい」
「生きる……」
「そう。生きていなくては、何も出来ない。役目の前に、イオリがイオリらしく生きる事が一番だ。敵が来た時は、彼らが守ってくれる」
ウルヴの視線を辿れば、ジェイドと目が合った。彼は腕を組み、二人の会話をじっと聞いている。ルクス、ミソール、他の兵達も見ると、笑顔で頷いてくれている。イオリはそれが頼もしく、嬉しくもあった。
「他に聞きたい事はあるかい?」
ウルヴが優しく問いかけてくれる。イオリは緊張して頭が働かなかったが、何とか一つ、絞りだした。
「私はもう、家族には会えないんですか? あっちの世界には、戻れない……?」
目を伏せるウルヴ。再び視線を上げ、イオリの目を見た。
「わしはもう、世界を行き来する事は出来ない。わしが世界を渡る力を授けられたのは、一度きりなのだ。他の方法は、わしには分からん」
「そうですか……」
膝の上に置いた両手を、ぎゅっと握った。
「イオリ。お前さんに渡して欲しいと、家族の皆から預かって来た物がある」
「!?」
はっと顔を上げた。ウルヴはにこりと笑うと首をブルンブルン振り回した。首回りのふさふさしたたてがみが、バッサバッサと揺れ、その間から何かが落ちた。床に激突して中身が傷つかないよう、左前足で受け止め、ゆっくりと下ろすという気遣いを見せて。
「段ボールだ!」
ウルヴがたてがみから出したのは、段ボール箱一つだった。両手で持たないといけないくらい大きい箱だ。それが今まで彼のたてがみの中にあったという事実に驚きを隠せない。
「どうやって収納してたんだ?」
ジェイドが呟いた。理解の
「開けてみなさい」
ウルヴに言われ、イオリは段ボール箱のガムテープをゆっくりとはがしていった。
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