第17話 白い獣

「ちっ!」


 襲撃者は舌打ちを一つすると、素早く立ち上がった。

「逃げられると思うなよ!」

 ジェイドが素早く反応し、男のマントを掴む。後ろ手で拘束した手錠がきらりと太陽の光を反射した。

「!?」

 その場にいた兵達は驚きの表情になった。手首にしっかりと装着されていた手錠が短い槍になったのだ。銀色の槍はジェイドの顔面を狙い、咄嗟に避けた彼の頬をかする。

 拘束から解放された男は、はっと注意を頭上に向けた。白い獣の大きな前足がすぐそこにあったのだ。鋭い爪が男に迫る。

「くっ」

 男は避けようと飛びのいたが、獣の爪は男の左肩を裂いた。マントが破け血が飛び散る。そして、胸に付いていた黄色い石が揺れた。男は石が落ちないように右手で掴み、避けた勢いのまま、船から飛び出した。


「!!」

 ジェイド達は急いで船の手すりから下を見る。イオリも立ち上がり男の行方を探すと、男は背中から黒い羽を羽ばたかせ、大空へ飛び上がった。


 ふと、イオリと男の視線が合う。


「っ……」

 男の冷たい表情に恐怖を覚え、イオリはその場にへたり込んでしまった。

(また来るって、言われたみたいだった……)

 諦めたわけではない。イオリの心臓は、胸が痛むほどドクドクと脈打っていた。


「また逃げたか。あいつの能力は厄介だわい」

 白い獣が、はぁ、とため息をつきながら首をゆるゆると横に振った。

「あなたは、もしかして……ウルヴですか?」

 ジェイドが獣に向かい合う。“ウルヴ”と呼ばれた獣は、その黒い瞳にジェイドを映した。


「……ああ、なるほど。お前さんもこっち側の者か。ガイヤの守り手よ」

「別に、そっち側ってわけじゃないです……」

 はぁ、と息を吐きながら、ジェイドは頭をがしがしとかいた。持っていた銃を腰のホルスターにしまう。

「ジェイド、この方は……」

 ルクスが側に来て、獣を見上げる。大隊長のジェイドが珍しく敬語を使っているので、失礼があってはいけないと察した。長身の彼らでも見上げるほどの大きさだ。近くで見ると、余計迫力が増す。

「太古の時代から生きてるって言われてる獣だ。ガイヤや柱の精霊と交信出来るくらい、近い存在らしい」

「お前さんも似たようなモンだろう」

「いや、そこまでじゃないですから。俺は選ばれただけですから。この方は“ウルヴ”って言う狼の種族だ。師匠から聞いた事があって、俺も会うのは初めてだ」

 ルクスは改めて目の前にいるウルヴを見た。

「太古の獣って、確か、中央にある“原始げんしの森”に住んでて、滅多に人前に姿を現さないって……」

「その獣が、ガイヤから役目をたまわり、ここへ来たと言うわけだ」

 そう言って、ウルヴはイオリを見て近付いて行く。



「イオリ、迎えに行けず、申し訳なかった。わしがそなたの家に到着する前に、奴らに先を越されてしまったのだ」



「え……?」

 船の手すりの側に座り込んでいるイオリは、隣にいるミソールの腕をぎゅっと掴んでいた。ミソールは、上司の対応を見てウルヴが敵ではないと理解したので、イオリを安心させるために、彼女の手を取る。

「イオリちゃん、大丈夫だよ」

 心配ないと頷いてみせると、イオリはウルヴへ視線を移す。風になびく白い毛が美しいが、左の前足だけ黒い。不思議な姿の獣だが、こちらを見つめる黒い瞳は、よく見ると優しい色をしていた。

「お前さんが知りたいと思っている答えを、わしは持っているはずだ。話もある。渡す物もあるから、場所を変えた方が良いだろう。守り手よ、船内に移動しよう」

 提案されたジェイドもイオリの方へ歩いて来た。

「良いですが、あなたのその大きさでは……」

「心配ない!」

 そう言うと、ウルヴの体は馬くらいの大きさまで小さくなった。

「……便利ですね」

 ジェイドは内心驚きつつも、初めて会った太古の獣のやけにフレンドリーな態度に、どう対応して良いか分からずにいた。

「とりあえず、会議室を使うか。一番広い部屋だし」

「了解した。机の配置を変えてくる」

 ジェイドの言葉にルクスが答え、部下を何人か連れて先に船内に入って行った。それを見届け、ジェイドはイオリに手を差し伸べる。

「いつまで座り込んでんだ。立てるか?」

 イオリは立とうと足に力を入れたが、全然体が動いてくれない。

「た、立てない……」

「は?」

「えっと……、腰が抜けたみたいで……。動けなくて」

 あはは、と引きつった笑いを浮かべるイオリ。ミソールがイオリの肩を持って立たせようとするが、足に力が入らないようだった。

「はぁ……」

 ジェイドが側に来てしゃがみこんだ。すると、次の瞬間、イオリは顔が真っ赤になった。

「ちょちょちょっっ!! あ、あの!?」

「うるせぇ。黙ってろ。落とすぞ」

「は、はい……」

 イオリの体が浮いた。ジェイドがお姫様抱っこをしたのだ。ぐっと近くなるジェイドの顔に、イオリはパニックを起こしそうだった。周りの兵達もざわざわしている。

「お前達は見張りに戻れ。甲板の穴と手すりは、適当に塞いでおけ。敵はさっきの奴だけじゃないからな。気を抜くなよ」

「はっ!」

 すぐさま指示を出し、一同を解散させたジェイド。

「ミソール。お前は着いて来い。後であいつらに話を聞かせてやれ」

「はい!」

 イオリに関する事は、部隊の重要課題となっていた。ウルヴからどんな話が聞けるのかは分からないが、また襲撃者が現れる危険性があるので、部隊で周知しておく必要がある。イオリのこれからの対応に関わる事でもあるからだ。



「なかなか良い部隊だな」



 ウルヴが呟いた。


 ジェイドを先頭に、船内へと入っていく。ゆったりと歩くウルヴを背後に感じながら、ジェイド、イオリ、ミソールは緊張していた。

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