第21話 寄り道

「確かにそうか。言葉が全く違う世界から来たんだよな。使う文字も違って当然か……」


 港町リオマスは聞いていた通り、とても賑わう町だった。港の関税を抜けてからまっすぐ西へ伸びる大通りは市場となっていて、野菜、果物、肉、海産物を売る店がずらっと並んでいる。イストゥル王国は、東西に横長の地形をしており、東が海に面している。王都は中央よりも東側に位置しているので、港から王都へ運ぶ物資は、大通りを抜けて真っ直ぐ西へと向かう。

 イオリが日本でも見た事のあるものもあれば、見た事のないものも。新鮮な食材を使った食事処の屋台も出ていて、とても香りが良く、目移りしてしまう。イオリがキョロキョロと周りを見回す中、太陽の光を受けて輝く金の巨大魚が魚屋の柱にぶら下がっていたのには驚いた。本日の目玉商品らしい。

「大隊長、お帰りなさーい!!」

「新鮮な魚が入ってますよ!」

 ジェイドに気付いた店主達が声をかけた。

「黄金のマグロだよー! レアものだ。普通のと比べ物にならないくらい、うまいよー!!」

「えっ、マグロなの!?」

 ありえないマグロの色に、ついガン見してしまったイオリ。

「かわいいお嬢さん、買っていかない?」

 魚屋の店主の目に留まってしまったらしい。イオリは困ったように愛想笑いで受け流し、ジェイドの後ろをぴったりと着いて行った。


 ジェイドはずっと何かを考えながら歩いている。周りの賑やかさも全く気にしていない。


(私が文字を読めないって言ってからだ……。困らせてるのかな……)

 少し心配になってきた時、ジェイドがぴたりと止まった。

「少し、寄る所がある」

「分かりました」

 市場を抜けると町が広がっている。商店が軒を連ねており、必要な物はここで揃える事が出来る。レストランやカフェもあり、イオリはまたキョロキョロと目移りしている。

「ここだ」

 そう言って立ち止まった場所。イオリはその店の看板を見て、ガラス窓から中を覗き、目を輝かせた。

「ほ、本屋さんだぁ!!」

 扉を開けるとカウベルがカランコロンと鳴った。そこまで大きくはない本屋だったが、天井までびっしりと棚が配置されており、そこに本が敷き詰められている。背表紙を見ても、文字が読めないのでタイトルも分からないが、イオリの興味を十分に惹きつけていた。

「本が好きか?」

「はい! 図書館で働くのを夢見てました」

「そうか」

 ジェイドは目当ての本棚を探していく。棚の所にジャンルが書いてあるプレートが貼ってあるので、それを頼りに移動する。

「ここか」

 彼が行き着いた棚はイオリの腰の辺りにプレートが貼っており、そこの本は比較的、他の本よりも小さく、薄いものだった。棚の前に台が置かれていて、平積みされている本の表紙を見れば、可愛らしい女の子の絵が描いてある。隣には男の子と犬の絵。

 ジェイドは、うーんと唸りながら本を手に取り、パラパラとめくっていく。そして、これだと思った本を小脇に抱えていった。

「あ、あの。この棚の本って……」

「絵本だ。文字を形で学ばせる絵本が何冊かある。まずはそこからだろ」

「あぁ、確かに……」

 一冊手に取ってみる。最初のページを見たが、何が書かれているのか全く読めない。女の子がブランコに乗っている絵だったので、だいたい想像はついたが。

「本好きなら、この店にある本、読んでみたいと思ったんじゃねぇか?」

「! はい!」

 ジェイドは意気込んだイオリを見てふっと笑うと、また一冊小脇に抱える。

(ちょっと笑った! ジェイドさんが笑ったぞ!!)

 イオリの心臓が、どきりと鳴った。

「その気持ちがあれば、覚えるのは早いかもな。それに、読み書きが出来ると何かと便利だ」

「この世界の人は、皆さん教育をしっかり受けられるんですか?」

「この国では、基礎的な事は町の教会が勉学を教えている。読み書き、運動、国の制度や挨拶の仕方。そこは基礎教育を受けたいと思う者なら誰でも行けるが、家が教会から遠く、通いたくても通えない者もいるのが現実だ。基礎を終えれば、次は自分の進む道に行く。商人、農家、漁業、警察、軍。あとは専門家から教えを乞う」

「なるほど」

 日本のように、義務教育があり、高等教育、大学というような形ではないらしい。

「でもまあ、この国はまだ教育に対してよくやってる方だと思ってる。子供の文字の読み書きが出来る率は他の国よりも高いからな。金を払わんと教育が受けられない国は多い」

 国によって、やり方も様々だと言う事か。イオリは絵本をじっと見つめた。

「教会に行けば、読み書きを教えてくれるが、お前は狙われてる身だからな。教会に通う子供達を危険にさらすわけにはいかん。悪いが、独学で学んでもらうしかない。分からん事は、部下達に聞けば良い」

「分かりました」

 教会で色々な話を聞きたかったが、今は無理。イオリが一番理解していた。

(あんな怖い思いをさせるわけにはいかないもんね。全部片付いたら、教会にも行けるかな。でも、部下の皆さんに聞けって、お仕事が忙しいんじゃ……)



 絵本、児童書、辞書等を買い込み、イオリとジェイドは店を出た。金がないイオリは彼に礼を言う。全く気にする事もなく、ジェイドは再び歩き出し、イオリも後に続いた。

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