第6話 渡りの祠

「ここが、“わたりのほこら”じゃ」

 巫女が説明してくれる。白い石造りの祠はコの字の形に壁が作られており、その奥に大きな水晶球が置かれている祭壇があった。そして祭壇の手前には、ひざの高さくらいの円形の石の台がある。装飾などはないが、この台も白く美しい。凄まじい衝撃があったはずなのに、祠や台座にはひびが一つも入っていない。


 ジェイド達は祠に足を踏み入れた。床は、平らに切りそろえられた白い石がキレイに敷き詰められていて、掃除も行き届いている。風で砂が入って来る事は仕方ないが、クモの巣はない。ほったらかしにされていたという事もなさそうだ。小さい島にある祠とは思えなかった。


「そしてこれが、“むかえの台座だいざ”じゃよ」


 その台座には、人が一人、横たわっていた。巫女が自分の杖で、その人物の肩をそっと押してみる。横を向いていた体がくるりと周り、仰向けになった。そこでようやく顔が見えた。


「気を失っておるだけじゃ。まさか、娘とは……」

 巫女や村長、村人達は、驚いた表情を見せていた。

「え、この子がさっきの光の中にいたんですか!?」

 ルクスが確認する。

「そうじゃよ。この子が、世界を渡って来た」

「世界を渡って……? ここではない、別の世界から来たって言うんですか?」

「ああ。あの轟音と衝撃に無傷で耐えるとは、まさに奇跡じゃ」

「……本当に?」

 ルクスは、常識では考えられない事態に戸惑っている。部下達もざわついていた。



「“異世界より流れ着くもの、ガイヤの命運を握る。その力、善に働くならばガイヤを救い、悪に働くならばガイヤを滅びへと導くであろう。その時の為、台座を作りそなえよ。” これが、わしらがガイヤより受けた神託しんたくであり役目じゃ。この島に生まれる者は、誕生する時にこの言葉を魂に刻まれる。そうして、昔から何代も続いてこの島と台座を守り続けて来たんじゃ」

 巫女は、台座に横たわる娘を見下ろす。

「“流れ着くもの”とは、人間とは限らないと思っておった。“人である”とは一言も聞いておらんかったしな。もし何かの道具であれば、それを使いこなせる者を見つけてガイヤの未来を託す事も考えておったが、人間となると、言葉や価値観はどうなのか、多少の不安が残るのぉ」

 巫女は、ふむ、とあごに手を当て考えている。


「……ありえねぇ……」


「ん?」

 巫女が首をかしげた。ずっと黙っていたジェイドがぽつりと呟いたのだ。

「どうありえないんだい?」

「この女が、世界を救うだの、滅ぼすだの、そんな大層な事をするってのか? 華やかなドレスでも着た聖女や魔女だって言うなら、納得してやるよ。しっかし、こんな恰好してる奴が世界をつぶせるなら、俺でも潰せそうだ」


 目の前に倒れている娘。黒い髪は後頭部で一つにまとめられ、上下あずき色のジャージに白いTシャツがのぞいている。目を閉じているので、どことなく幼く見えた。年齢はよくわからない。そして裸足。腕には、紙袋を引っかけている。

「こいつ、どう見ても家でくつろいでる最中だっただろ」

 ぶふっと、その場にいた半数以上がジェイドの言葉に吹き出した。あまりに的確てきかくすぎたのだ。



 そう。この娘、まぎれもなく咲州伊織さきしまいおりだった。



「大隊長殿、お前さんはさっき、この子が世界を潰せるなら俺でも潰せそうだと言ったね? もし、それほどの強大な力を手に入れたら、どうする?」

 巫女が意味深な視線をジェイドに向けた。が、本人は表情を崩すことなく、至極冷静に、それでいて当然だと言うように返事をした。

「世界征服なんて興味はない。悪党を一掃してくれるなら、仕事が減って助かるが。そんなに危険な奴なら、この島から出さず、誰の目にも触れないようにして静かに生活させてやるのが一番じゃないか。こいつ、一人だろ」

 伊織は家族と離れ、一人でこの世界に飛ばされたのだ。ジェイドは少し気を遣う姿勢を見せた。巫女は、そうかいそうかい、とうなずいている。

「なるほどね。それが、お前さんの答えというわけか――合格じゃ!」

 いきなり巫女が大声を出した。ジェイドは、今度は何だと眉を寄せる。


「お前さんに、この子を任せたい!!」


「ええぇ!?」

 声を上げて反応したのは、ルクス達部下だった。

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