第7話 ここにいれば――

「ちょ、ちょっと、巫女のおばあさん。この子を預かれって事ですか!?」

 ルクスがさすがに待ったをかけた。

「身元を証明するものが何もない。しかも、危険な子なのでしょう? そんな人物を、軍に連れて帰るなど出来るはずがない――」

「力が悪に働けば、と仮定の話じゃ。必ず破滅を呼ぶとは限らない。この島でひっそりと生活させれば良いと言っておったが、十中八九、ここにいれば、この娘は死ぬよ」

「!」

 ジェイドの眉がぴくりと動いた。

「それは、どういう事でしょう?」

 ルクスの声色こわいろが低くなった。目つきも厳しくなり、先程までの人当たりの良さそうな表情とは一変している。

「世界に異変が訪れる時は、いつもガイヤに危険が迫る時じゃ。過去の歴史を見れば一目瞭然。ガイヤに脅威きょういが迫ると、その都度、ガイヤはまもを生み出し戦ってきた。そうしてガイヤは幾度も危機を脱し、敵を退けて来たのじゃ」

「敵……」

「普通では対処出来ない者。魔族が代表的じゃろう。他にも、ガイヤが生み出した者でもゆがんでしまった者もおる。昔の夢物語だと思ってもらっては困るぞ。伝説は、確かにあったんじゃ」

 巫女は杖先をコツコツと床に突いている。

「世界を渡るというあり得ない事態が起こったという事は、脅威も近付いているという事。この娘自体が脅威と取れるじゃろうが、そうではない。わしらの魂には、ガイヤの命運を握る。その力が善に働くならばガイヤを救うと刻まれておるからな。脅威は別の所から来ると見ていいじゃろう」

 巫女は息を吐いて、呼吸を整えた。

「もし、その脅威がこの娘を追って来たら、わしらには対抗するすべがない。この娘と共に、わしらも島もろとも消えてしまうじゃろう」

「ちょっと、待ってくださいよ。そんな事になるとは限らないでしょう? 非現実的すぎます!」

 ルクスは頭を抱えていた。この島の住人は、この娘に対するとらえ方が自分達とは違いすぎる。

「この娘を邪魔だ、もしくは利用する価値があると思うやからが来ないと誰が言える? この島には、襲われても戦える者がいない。賊に乗っ取られても、助けを求める事しか出来なかったんじゃ。わしらはこの娘をガイヤへ迎え入れるだけ。そこからは、次に別の者へ渡す事しか出来ん。面倒事を押し付けたと思われても、仕方がないと理解しておるよ」

 ジェイドは伊織いおりを見下ろしていた。それを見た巫女は、彼に問うた。


「大隊長殿、そなたにしかたくせんと、わしは思うておる。どうじゃ? ガイヤの守り手よ」


「……」

 ジェイドが巫女を見た。ルクス達、彼の部下は驚いて目を見開き、上司の背中を見つめている。

「あんたには、何が見えてるんだ?」

「何も。ただ、お前さんとこの子の間に、繋がりがあると感じたんじゃよ。ああ、この子を迎えに来たのか、とね」

 その場にいた全員が、伊織を見た。

「この子の顔を見てごらん。正直そうで可愛い子じゃないか。もし、この世界に破滅を呼んでしまえば、きっとこの子は心も体も、魂も、傷付いてしまうじゃろう。そうならないように、どうか、守り導いてはくれないかい?」



 はぁーーー……。



 ジェイドは長く息を吐いた。そして、重い口を開く。

「こいつが危険だと判断した時は、迷わず処分するからな」

「分かっておる。そなたが決めた事なら、誰も文句は言わんよ」

 巫女の返答を聞くと、ジェイドは伊織を抱え上げた。伊織はまだ気を失っており、風に体を巻き上げられた為に、髪の毛はバサバサに乱れていた。


(軽い)


「ジェイド、本当に連れて行くんだな?」

「ああ。後で詳しく話そう」

「……分かった」

 異を唱えていたルクスも、上司の決定には従わなければならない。それに、彼と異界からの娘との“繋がり”と言うのも気になる。しっかり話を聞かせてもらおうと、ルクスは考えていた。

 小柄な伊織は、鍛えられた軍人の腕力にかかれば重い部類には入らなかった。ばさり、と腕に引っかかっていた紙袋が落ちる。

「唯一の持ち物か。おい、拾ってくれるか」

「はい!」

 部下の一人が前に出て、紙袋を恐る恐る手に取った。中をちらりと見れば、本といくつか小さい荷物が入っている。

「下手に触るなよ。問題はこいつ一人で十分だ」

「は、はい」

 上司の眉間みけんしわはいつもよりずいぶんと増えている。これ以上皺を増やさないように、部下はただ持つ事に集中した。


「大隊長殿、感謝するよ」

 巫女達が頭を下げた。それを横目で見て、ジェイドは巫女に問うた。

「こいつは、また元の世界に戻れるのか?」

「分からない。ここはこちらへの一方通行じゃから。元の世界へ帰す役目は受けていないんじゃ。そんな役目を持った者も、知らないよ」

「そうか」

 ジェイドは小さく呟き、続けた。

「俺達がこいつを連れて行った事は、誰にも言わないで欲しい」

「もちろん、そのつもりじゃ。何があるか、分からないからねぇ」

 それは、ジェイド達を守るためでもあり、自分達を守るためでもあった。先程の光は、遠方えんぽうまで見えていたはず。何が落ちたのかと探しに来る者もいるだろう。異世界から来た人間など、話題や金のネタになる。それを悪事に利用しようとする者もいるかもしれない。本当に恐るべき脅威へ、情報を渡す事もあってはならないからだ。

 伊織の存在を知られるわけにはいかない。その場にいた者達は、同じ事を考えていた。




「出航ーーーーーーー!!」



 国王軍の船が、帆を上げ進みだす。


 島民達は、去って行く船を不安そうに見つめていた。

「大丈夫だろうか……」

 村長がぼそりと言った。伊織の行く末、ジェイド達はちゃんと守れるのか、ガイヤの運命は――、全ての心配が混ざった言葉だった。

「時は動き出した。何が起ころうと、受け入れる覚悟で見守っていくしかないよ」



 船が見えなくなるまで、彼らはずっとその場を動く事はなかった。

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