第5話 祠へ

 村が見えて来た。


 土煙がモクモクと上がっているのは村の中ではなく、奥の森の中のようだった。村人達も驚いた様子で外に出ており、煙が立ち上る方向を見ている。

「あ、軍人さん達!」

 ジェイド達が近付いている事に気付いた村人が声を上げた。

「はっ、大隊長殿!」

 高く、しわがれた女の声がジェイドを呼ぶ。村の様子を見回しながら中心広場に着いたジェイド達。呼ばれた彼は片眉を上げた。

「巫女のばあさん」

 巫女、と呼ばれた小さな老婆は、自分の身長よりも長い杖を突いていた。腰まである長い白髪を後ろで一つに結び、巫女の装束だろうか、民族衣装に身を包んでいる。そして、平たい透明の石のネックレスをぶら下げていた。隣には村長もいる。彼は巫女の息子だ。

「皆さん、ご無事で何よりです」

 ルクスもほっと胸をなでおろしている。

「ええ。ひどい揺れと衝撃でしたが、村も人も、傷一つありません」

 確かに村長の言う通り、民家や作物の貯蔵庫は倒壊しているものはなく、壁にヒビ一つ入っていない。村人もけが人はいないようだった。

「失礼だが、あの衝撃を耐えうる作りの建物には見えないが」

 彼は村に入った時、違和感を覚えていた。その正体がコレだ。

「ジェイド、本当に失礼だぞ」

「いいんじゃ。不思議に思ったじゃろう」

 副大隊長が口を挟んだが、巫女が肯定した。にこりと笑って、自信満々に胸を張っている。

「これは、わしら島の人間に与えられた役目への恩恵おんけい。ガイヤが先程の衝撃から、わしらを守ってくださった。運命の時が動き出した証じゃ」


「運命の時?」


 怪訝けげんそうな表情を隠しもせずジェイドは巫女を見下ろした。

「神秘だ怪奇現象だなんてモンは、自分達だけでしてくれ。俺達に関係がないなら、これで失礼する。また賊に襲われた時は連絡をくれ」

 触れられない者でないなら、軍人は管轄外だ。ジェイドは部下を連れて帰ろうときびすをかえした。が、巫女がその背中に語りかける。

「関係ないと、誰が言うた? 大隊長殿、そなたの運命の時もここで交わるのじゃぞ」

「あ?」

 振り向いたジェイドの目つきが変わった。村長が彼の目を見て「ひっ」と小さく息を飲む。部下達も、彼のするどすぎる眼光に背筋がぴっと伸び、緊張が走った。普段通りなのは、ルクスと巫女だけだ。

 彼女は、胸に下げたネックレスを持ち上げた。透明の石が揺れる。石を通してジェイドを見ると、ポッと石が光った。満足そうに頷く。

「やはりね。いいねぇ、その目つき。わしは嫌いじゃないよ」

「何が言いたい。俺もあの光に関わってるのか?」

「ああそうじゃ。今からあの煙の所へ行くんじゃが、一緒に来なさい。歩きながら話そうか」

 ジェイドは森の向こうの煙を見た。だいぶ白く細い煙に変わってきている。

「ちっ。しょうがねぇな」

 舌打ちを一つして、一歩踏み出した。

「けが人はいないんだろう。お前ら、船に戻っておくか? ルクス、お前は?」

「一緒に行くよ。何が落ちたのか気になるし」

「我々も行かせてください!」

 ルクスと部下達も共に行くと言った。ジェイド達は巫女、村長の後ろを着いて行く。村人数人もその後ろから来た。村を抜け、再び森に入る。道は石や木の根ででこぼこしているが、獣道ではなく人が歩ける道なので比較的歩きやすい。


「この先に何があるんだ?」

 ジェイドが問うた。坂道を上がっている。先頭を歩く巫女は、年寄りにしては足腰が強く、スタスタ歩を進めているので、とても元気なおばあちゃんだった。

ほこらじゃよ」

 巫女の杖が、カツッと鳴った。

「この世界ガイヤは、大地の母だと知っているね?」

「ああ。本当に意思があるのかは知らねぇが」

「よく言うよ。お前さんは身をもって知ってるだろう? わしらも、お前さんと同じじゃ」

「俺の何を知ってんだよ。今日初めて会っただろう」

「お前さんを見るだけで、多くの情報が流れ込んで来たんじゃ。ガイヤと柱に愛されておる事も、今回この島に来たのは偶然じゃなかった事も」

「巫女の能力か。誰かに自分の事を見透かされてるってのは、良い気分じゃねぇな」

「じゃが、来てくれたおかげで、村は救われた。感謝しているよ。わしらは、お前さん達が望むなら、最大限の協力をするつもりじゃ」

「必要になったら、頼むとするよ」

「ああ。いつでも歓迎する」

 くく、と巫女は笑っていた。ジェイドは眉を寄せながら苦笑していた。


「話を戻そう。わしらは、ガイヤから役目を与えられたんじゃ」


 ルクス達は、歩きながらじっと聞いている。

「わしらの役目は、あの祠を守る事。運命の歯車が動き出した時、空を裂き世界を渡って来るものが降り立つ台座が、あの祠なんじゃ」

「世界を渡る? どういうこった。何が来るんだ?」

「さぁね。人か、物か、それは行けば分かる。お前さんは、それと関わりがあるんじゃ。自覚しておったか?」

「知らないな」

 ぶっきらぼうに返す。

「はっきり役目を知る者は少ない。生きる過程で、自分はこうあるべきではないかと感じられれば合格じゃ。お前さんは別じゃがな」

「あの、巫女様」

 声を出したのはルクスだ。

「ガイヤから受ける役目というのは、そんなに特殊なものなのでしょうか?」

「そうではないよ。ガイヤは命を生み出す時、全ての魂に役目を与えておるんじゃ。人だけでなく、草木や動物にもね。薬となれるように。家族や大切な者の為に力を尽くせる優しさも。器用な手先で誰かを救えるように。賢い頭脳で困難を解決できるように。成長するにつれ、現れる個人の特徴が、受けた役目の一端じゃったりする。普通は、役目を自覚する者はまれじゃ。まっとうに生きておればそれで良い。そこまで気にする事はないよ」

 坂ももうすぐで終わりそうだ。森の出口が見えて来た。

「じゃが、今回の事は気にするなでは済ませられん。世界の命運がかかっておる」



 森から抜けた。目に飛び込んでくる太陽の光に、一瞬視界が真っ白になった。



「……あれは……」

 ジェイドがぼそりと言った。風が煙をかき消していく。そうして見えた祠は、白く大きな石が積み重ねられており、とても清らかな空気が漂っていた。

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