第2話 誕生日

 チュン、チュン……


「……まただ」

 伊織いおりは布団の上で体を起こし、朝日が差し込む窓を見た。

「今日も、あの人だったな」

 口元が緩む。物心がついた頃からずっと見て来た夢。鳥のように大空を飛んでいる。世界のあらゆる場所に行けるのだ。大きな山には火を吐くドラゴン。鬱蒼うっそうと茂った森には見た事のない動物たちが住んでいる。大地から生えている大きなクリスタルを見つけた事もあった。同じ場所だと分かる時もあれば、違和感を覚える事も。それが、夢によって時代が違うのだと気付いた時は、自分が見ている夢の壮大さに驚いたものだ。

 そして、最近よく見るのが、とある港町だった。真っ青な海がとても美しい。そこで同じ服を着ている人達の中に、その人物はいた。


 緑の瞳で目つきは厳しい感じ。

 薄緑の短い髪をかき上げている。

 身長が高く、イケメンの部類に入る。


 最近テレビでよく見る自衛隊のような、部隊をまとめる人のように見えた。皆が彼の後を着いて行く。その姿がとてもカッコイイ。

「実際には会えないけど、あんな人がいたら惚れちゃうかも」

 へへ、と一人で笑いながら、顔を洗いに部屋を出た。






「誕生日、おめでとう!」

「ありがとう~」

 大学で、友達に声をかけてもらう。もうすぐ夏休みで皆、浮かれ気味だ。遊ぶ為にバイトを頑張っている子もいる。

「これ、プレゼント」

 親友が小ぶりの紙袋を机に置いた。

「見ていい?」

「うん」

 中の物を取り出し、伊織は笑顔になった。

「これ、しおり?」

「そう」

 そのしおりは紙ではなく、金属でできていて、湾曲わんきょくした上部からなめらかな曲線を描いている。そして、短い上部から垂れ下がっている装飾。ピンクや赤の小さく透明な石が連なっていてとてもかわいい。

「本、好きでしょ? しおりなら、使ってもらえるかなって」

「すっごくかわいい。嬉しい! ありがとう!!」

 親友も伊織の喜ぶ顔を見て、満足そうに笑ってくれる。伊織も、彼女の誕生日には、ステキなプレゼントを贈ろうと思った。






「あ~、満腹。もう食べられないわ」

 夜。ソファでぐうたらする伊織。ジャージにTシャツ、肩より少し長い黒髪は後ろで一つにまとめるラフな恰好。リクエスト通り、ちらし寿司にポテサラ、イチゴのケーキを食べまくった。

「姉ちゃんの胃袋、どうなってんの」

 弟の真博まさひろが呆れるように言った。

「おいしいから、入っちゃうの」

 お腹をさする。伊織は昔からよく食べる子だった。好き嫌いもない。

「色気より食い気かよ。だから彼氏できないんだよ」

「うるさい。ほっといて」

 大学では勉強を頑張っている。そこまで前に出るタイプではないと理解している。大学は共学で、男子と仲が良い女子達は、勉強よりも恋愛と遊びの話で忙しい。伊織は周りの男子に興味がなかった。カッコイイ、優しい、良い奴、と思う人はいる。しかし、恋愛対象として考えてみると、どうにも一歩引いてしまうのだ。

 リビングに置いてある本を手に取った。ぱらぱらとページをめくり、読書タイム。

「恋愛指南書でもプレゼントしてやろうか?」

「そんなのいりません」

 目は本から離さず、返事だけ。母親は、そんな姉弟の会話を聞きながら笑っていた。


(心配したけど、平和に今日が終わりそうね)


 ホッと、息を吐く。

「ただいまー」

 父親も帰って来た。手には紙袋を持っている。

「誕生日、おめでとう」

 伊織に紙袋から出した小箱を手渡した。

「ありがとう。何だろ」

 巻かれていたリボンを外し、箱を開けると、わっと声を上げた。

「ブレスレットだ!!」

 透明のクリスタルが付いた銀のブレスレット。付けてみると、光に当たってキラキラしている。

「お母さんからは、コレ」

 細長い箱だ。開けると、ブレスレットとお揃いのネックレスだった。

「あんたはアクセサリーに全然興味がなかったから。これからは一つくらいないとね。良かったら使って」

「ありがとう。大事な時に使うよ」

 両親からのプレゼント。ぎゅっと大切そうに抱いた。父と母も、顔を見合わせ笑っている。

「えぇ、あとは俺かよぉ……」

 真博がゴソゴソとポケットを無造作に探る。拳を握ったまま、伊織に差し出した。伊織はとりあえず両手を開いて出した。

 ぽん、と何かを乗せられる。

「折り鶴?」

「めちゃくちゃ丁寧に折った。おまけに風船も付けてやる」

 折り紙の風船も鶴の隣に置かれた。思わず、ぷっと笑ってしまう。

「あんたらしいわ! ありがたくもらっておくよ。ありがとね」

「おうよ」

 胸を張って頷く真博に、家族全員で笑った。




 もらったプレゼントやスマホ、読みかけの本を紙袋の中で一つにまとめ、自分の部屋に戻ろうとした時だった。



 ガシャン!


「!?」

 突然、ガラスが割れる音が響いた。ドタドタと無遠慮な足音がいくつも聞こえる。伊織達は、急な事に驚いて固まってしまった。

「何……泥棒?」

 母がつぶやく。恐怖で動けない。

「急いで二階に行こう。警察に電話だ」

 リビングの中に階段があって助かった。父親が最後尾で皆を無理やり動かし、階段を上がる。


 バァン! と、突如、リビングの扉が吹き飛んできた。

「きゃあっ!」

 伊織と母親が悲鳴を上げる。

「早く上がるんだ!!」

 父親がかした。


『おいおい! どこ行こうってんだ?』


 黒いマントにフードをかぶり、胸に付けた黄色い石が目立つ男が入って来た。ゴリゴリと金属バットのようなものを引きずっている。ばき、と割れた扉の破片を踏みつけた。


「今の、言葉……」


 伊織は階段を上りながら、胸の奥がざわついていた。


 あの男は、日本語でもない、英語や他の国の言葉でもない言語を話したのだ。

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