第3話 風

『逃げてんじゃ、ねぇぞっ!!』


 どがっ!

「うぅっ」

「いやぁっ、あなた!!」

 黒マントの男が鉄バットを父親の肩に振り下ろした。母が思わず叫んだが、父は肩が痛みながらも階段を両腕で塞ぎ、上ってこられないようにしている。

「早く逃げろ!」

 鉄バットを持った人物の後ろに、あと三人現れた。それぞれ違う色の石が胸に付いている。父親は殺されると肝が冷えたが、家族を守る為に必死に気力を奮い立たせた。

「絶対に、通さない!」



 ゴンッ、ガンッ、と怖い音が一階で響いている。伊織いおり達は震えながら親の寝室に逃げ込んだ。

「なんだよ、あいつ……」

 真博まさひろも突然の事に手が震えていた。伊織も母親も真博にしがみつき、全員がガタガタ震えている。

「なんか、変な言葉じゃなかった? 何て言ってたんだ?」

「え?」

 真博の言葉に、伊織が反応した。

「“逃げるんじゃない”って言ってたと思うけど……」

「姉ちゃん、分かんのか!?」

「!」

 母親が伊織をじっと見つめた。階段からは、ドンドンと荒い足音が響いてくる。

「ひっ! あいつらが来た!!」

「お父さんは!?」

 父がどうなっているか考えるだけで気絶しそうになる。しかし、母親は思わぬ行動に出た。

 ガラッと寝室からベランダにつながる窓を開けたのだ。

「お母さんっ、何して――」

「伊織! あいつらの狙いはあなたよ」

「え……」

「真博、扉を押さえてて」

 言われた通りにドアノブを握って、回せないように力を入れた。

「ベランダから逃げるの! 塀に下りられれば、外に出られる。とにかく、交番まで走って!」

 あの相手に、警官が太刀打ちできるかは分からない。しかし、今は伊織を逃がす事だけを考えていた。

「早く行って!」

 伊織をベランダに押し出すと、母親も真博と一緒に扉を押さえた。もの凄い力で押される。ガンガンと鉄バットで叩いているのだろう。

「か、母さん……」

 真博の瞳は恐怖の色に染まっていた。母親も同じだ。力を入れても全身が震え、歯がカチカチと鳴っている。

「これが迎え? だったら、あの子は絶対に渡さない!」

 怖い。怖くてたまらない。しかし、母親は怒りにも燃えていた。大切に育てろと言っておきながら、手荒すぎるこの騒動。あの者達が声の主の使いだとしたら、納得など出来るはずがない。


 ガシャアンッッ!!


「うわああっ!」

「きゃああっ!!」

 ボロボロに破壊された扉と一緒に、真博と母親が吹き飛ばされた。部屋の壁に激突し、扉の破片で二人とも傷だらけだ。

 ガシャ、と扉を踏みつけ、鉄バットを持ったフードの人物が二人に迫る。

「お母さんっ、真博ぉ!!」

 逃げろと言われたが、目の前で家族が命の危機におちいっているのに、一人背を向ける事など出来ない伊織。ベランダから部屋に戻ろうとした時だった。



 ひゅんっ



「!?」

 伊織の体の周りに、突如、風がまとわりついた。その風は一気に勢いを増し、伊織の体を持ち上げる。

「ちょっ、何!? やだっ、お母さん、真博!!」

 伊織の声に先に気付いたのは、フードの人物だった。

『横取りすんなぁ!!』

 素早い動きでベランダに出るフードの三人。鉄バットを伊織に向かって振り上げるが、伊織は風に物凄い勢いで上空へ引っ張られたので当たる事なく、夜の闇に消えてしまった。


「……消えた……」

「うそだろ……」

 母親は呆然とつぶやき、真博も信じられないとまばたきを繰り返した。


『ちっ』

 ベランダにいる鉄バットのフード男が舌打ちをした。そして、母と真博の方へ向く。壊れた扉の所には、残っていた四人目のフードの人間がいるので逃げられない。母と真博は、震えながら互いの手を握り合った。


『てめぇらのせいで、横取りされちまったじゃねぇか』

 二人には、彼が何を言っているのか分からなかったが、見下ろされる目がとても冷たく、残酷に光る。それだけで、怒りを二人にぶつけようとしている事は、手に取るように理解できた。

 鉄バットを振り上げる。



『死ね』



 ひゅっ。


 くうを切る音が、部屋に響いた。

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