第39話 勇者は気付く


考えもしなかった言葉を、この魔王軍幹部は言ったのだ。


 仮面の勇者は、剣こそ彼の首を狙っているが、さっきみたいな殺気はない。


「どういう意味だ」


 勇者の問いに、ヘーゲルは立板に水の如く説く。


「あなたの剣と自分の拳がぶつかった時、私はあなたという人間の片鱗を垣間見ることができました」

「勿体ぶらずに結論だけいえ。俺は忙しいだ」

「あはは!さすがこの私が見込んだ男……」

「……」

「あなたには一つの目的があるのです」

「っ……」

「それがなんなのか自分にはわかりませんが、目的を達成するためなら徹底的に相手を蹴落とし、時には卑劣で卑怯なやり方をなんの躊躇いもなく選ぶ。だが、そんな悪どいしか持たないものなら、それは単なるチンピラにすぎません」

「何が言いたいんだ」


 勇者の問いにヘーゲルは口角を吊り上げ、含みのある表情で言う。


「あなたは強い。それに加えて、道徳的価値観、倫理観、良心といったものが欠如している。つまり……」

「……」

「誰よりも暴虐の限りを尽くす魔王としての素質があるということです。少なくとも、今の魔王様よりも」

「今の魔王?アークデビルのことか!?」


 勇者は驚いた表情で魔王の名前を口にする。


「そうでございます。今の魔王様は変わってしまいました。国を豊かにするというわけのわからない考えを示し、戦争をやめました。加えて人族と和平とは……やっぱり魔王たるもの、力で全てを支配してこそ価値があります。豊かになって世界を支配するだなんて……滑稽極まる!」


 と、ヘーゲルが怒りを募らせてまた続ける。


「加えて、タコヤキだのヤキトリだの、一度も聞いたことのない料理を作って民らに

与えたり……そんな生ぬるい魔王は、もう魔王じゃないいいい!!!」


 横になっているヘーゲルは地面を拳で強く叩いた。


 勇者は数秒間沈黙をした。


 それから、


 揺動の混じった声で言う。



?」


  

 勇者が聞き返すと、ヘーゲルは答える。


「タコと鳥を使った料理だそうです。一度も味わったことのない黒いソースが塗られてましたね。たこ焼きに至ってはカツオブシと言う名の熱せられると踊る不思議な食材が使われてしましたね。味は最高でしたが……」

「鰹節……」 

  

 勇者は非常に動揺した。


 しかし、顔が長い髪と仮面に隠れているため、いくらヘーゲルとて、勇者の動揺に気がつくことはできない。


 ヘーゲルはほくそ笑んで、勇者に言う。


「この私と手を結びませんか。貴方が魔王になれば、この世の全ては貴方のものです。土地も財宝もそして、も」


 目を細めて勇者を見つめるヘーゲル。


「女……」


 勇者が呟くと、ヘーゲルはまるで蛇のように狡猾な表情を浮かべる。


「はい。この世の女は全部貴方のものです」

「……考える時間をくれ」

「あはは、わかりました。私はいつもここにおります。そして、貴方の返事を待っています」


 ヘーゲルの言葉を聞いて勇者は剣を鞘に収め、走り去る。


 勇者の後ろ姿を見ているヘーゲル。


「ハーレムか……目的はハーレムだったか。実に単純だ」


 ヘーゲルは悪役面をしてまた言う。


「だからこそ魔王にふさわしい!!!」



勇者side



「なんだよ……一体どういうことだよ!!魔王って日本人だったのか!!」


 当惑する勇者は、茂みにある大木の下で体育座りし、頭を抱えている。


「くっそ……どうりでおかしいはずだ。ゲームのシナリオ通りに主人公を完璧に演じたと言うのに、予期せぬアクシデントばかり起きてよ……」


 深々とため息をつく勇者は仮面を取ってそれを投げつける。


 それから悔しそうに顔を引き攣らせて推理を始めた。


「いわば悪役転生ものだ。『小説家を目指そう』とか『カキヨミ』とかで流行っているジャンルだろ。負け組の日本人が魔王に転生して破滅フラグを回避するために頑張るやつ……俺だっていっぱい読んでた。ってことは相手は20代あたりの社畜である可能性が高い。だとしたら、直接奴に会って確かめる手もある……いや」


 勇者は何かを思いついたように目を丸くする(もちろん前髪が長いから見えないが)。

 

 そして、


 ほくそ笑む。


「言う必要はない。こんな重要な情報は俺だけが知っていればいいんだよ!」


 明るい表情の勇者は続ける。


「いずれにせよ、俺には二つの選択肢があるってわけだ。魔王を倒してハーレムを味わう選択肢……そして……」


 一旦切った勇者は息を思いっきり吸い込んで気持ち悪く笑いながら言う。

 

「俺が魔王になって、ハーレムを味わい尽くす選択肢……いひひひひひ!!!!」


 




追記



バレちゃった……



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