第35話 自作自演

「アークデビルをも軽く上回るような邪悪なオーラ……」


 アリアは深刻そうな表情で、手を顎に当てる。


「はい。間違いありません。明らかに勇者の行動はおかしいです」

「ほお、どのあたりがおかしいですか?」


 アリアの問いに、アンナは勇者のことを思い出して顔を顰める。


「確か、魔王と女王様が仲良くなる雰囲気が醸し出されるところから明らかに様子がおかしくなりました」

「……やっぱりそうですね。ライトはアークデビルから私宛に送られてきた和平の手紙を問答無用で破りました」

「そ、そんな無礼極まりない行動を……」

「ライトは魔王を倒すことを望んでします。アークデビルが世界を滅ぼすつもりがないと言明しても、執拗に陰湿にことを運ぼうとしているんです。別の目的があるとしか……」

「別の目的……ですか……」


 アンナは興味深げにアリアを見つめて続きを促す。


 アリアは戦慄の表情を浮かべた。


「なんせ、私に近づくために、をして風呂中の私の上から落ちてきましたもの」

「え?ほ、本当ですか?」

「はい。まるで図ったかのように、王宮の大浴場から私のいるところに正確に落ちましたよ」

「……」


 アリアの経験談を聞き、アンナは目を丸くするも、


 やがて、


 顔を引き攣らせて唇を震えさせる。


「わ、私の時と似ていますね」

「え?大聖女様も似た経験をしましたか?」

「ええ。6年前、キングベアの襲撃がありまして、傷を負った方々の治療にあたったことがあります」

「……」

「そこで、突然血を流している勇者が飛ばされてきて……私の前に落ちました。それで、私が急いでヒールをかけたら、腰が抜けた勇者がそのまま倒れて、そのはずみに私と勇者の唇が……」


 あの時のことを思い出して、顔をピンク色に染めるアンナだが、


 アリアはジト目を向けて棘のある言い方で言う。


「大聖女様、それって確率的にあり得ると思います?」


 アリアの表情を見てすぐ我に返るアンナは悟ったような表情で口を開いた。


「女王様の経験談がなければ、信じたかも知れませんが……今は……」

「そうですね。私も半信半疑ではあったんですけど、大聖女様とライトの馴れ初めを聞いて、確信に変わりました」


 執務室の雰囲気は一瞬にして変わった。


 最初こそ、緊張感に満ち溢れていた室内は、


 怒りに満ちている。


「全部自作自演ってわけ!?クズすぎるでしょ!あんなのに靡いた過去の私を殴ってやりたいわ!!」


 アリアが握り拳を作って怒涛の如く嘯いていると、アンナがやばい目をして話し始める。


「私のファーストキスって、偶然じゃなくてライトくんが全部仕込んだこと?自害までして……狂っているとしか言いようがないわ。気持ち悪い。一体何の目的があって……」


 と、アンナはギョッと自分の体を抱きしめてきた。

  

 そんなアンアの耳に入ってきたのは、予想を遥かに上回るアリアの言葉だった。


「ハーレム……」

「え?」

「アークデビルがそれとなく言ってました。勇者がハーレムでも作る気なんじゃないかって」

「そんな……じゃ、私たちはライトくんのハーレムを実現させるために魔王と戦っていたことでしょうか」

「……あくまで可能性の話です。確たる証拠はありません」

「邪悪なオーラ……」

「……」


 二人の間に静寂が訪れる。


「女王様、私はこれにて失礼します」

「え?もう帰るんですか!?このことはライトに言うんですよね?」

「いいえ。まだです。もっと確認してからでないと」

「健闘を祈ります」

「ありがとうございます」

 

 アリアはショックを受けた表情で一人寂しく執務室を出る。


 やがて王宮を出た彼女は色彩のない瞳で呟く。


「自作自演……自作自演……自作自演……自作自演……自作自演!!!!」

 

 と叫びなら王都を歩く大聖女のアンナ。


 そんな彼女の前に魔王と魔王軍幹部(イゼベル)、リアナが王都の人々と楽しく話している姿が見えてきた。


 とても幸せそうだ。


 決して作られた場面ではなく、自然体だ。


「……」


 アンナは握り拳を作り、帝国へ向かおうとするが、


 イゼベルがアンナの姿を発見した。


 イゼベルは目を細めて、アンナの爆乳とメリハリのある体を舐め回すように見つめる。


 それから、魔王を見て蠱惑的な笑みを浮かべるのだった。



X X X


デビルニアの国境


ヘーゲルside


「あ〜つまんない。やっぱり守るのは俺の領分じゃないな」


 謹慎が解けたヘーゲルは、デビルニア王国とエルデニア王国の間にある国境付近にある要塞の塔で果てしなく広がる荒野を見ている。


「エルデニア王国とも仲良しになったから、アリ一匹も侵入してこねーんだよな。本当につまんない!ったくよ!俺は戦争がしてーのに」


 と、途中横になって、虚空に向けて拳を振るヘーゲル。


 広々としている青空を見上げていたら、ふと、あの人のことが浮かんできた。


「また、仮面の人と一線交えたいんだよな。あんなに卑怯で貪欲な感じの戦闘スタイルはなかなかないぜ。一体仮面の向こうには何が隠されているんだろうな」


 ヘーゲルはほくそ笑んだ。


「少なくとも、今の魔王様よりは面白いやつだ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る