第34話 邪悪な勇者

 まずった。


 よりにもよってヤンデレ大聖女のお出ましとはな。


 勇者への独占欲が一番強く、腹黒いことで有名な爆乳ヤンデレヒーラー。


 まじか。


 てか、なんで来るんだよ。


 勇者のパーティーは魔王を倒すことを否定するアリアの指示によって追い出されたはずだ。

 

 なのにこうやってノコノコ一人でやってくるとは。


「アークデビル……どうしよう」


 アリアは不安そうに視線をあっちこっちに向けて俺に問うた。


 アリアは俺に気を許してから、ちょっと俺に依存しすぎだと思う。


「ここはお前の国だ。だから、決めるのはお前。俺じゃない」


 と、俺がさりげなく吐いた逃げ口上に、アリアは頬を膨らませる。


「べ、別に、そんなの知っているわ!」


 おう。

 

 可愛らしいツンデレっぷり。


 ピンチだからこそ余計にかわいく見えるぜ……


 アリアは目を瞑って考え考えしたのち、目を開けて言う。


「とりあえず入れましょうか。話くらいは聞いておかないとね。ライトだったら問答無用で追い出すけど」

「そうか」

「ええ」


 まあ、何も聞かずに追い出すわけには行かないからな。


 相手は帝国の大聖女。

 

 結構根に持つタイプだもんな。


 以上のことを踏まえると、アリアの判断は正しいといえよう。


 俺が頷くと、アリアは一瞬明るい表情になるが、やがて顔を引き締め、ドアを守る護衛に命ずる。


「入れて」


 数秒後、ドアが開けられる。


 そこには一人の聖女が立っていた。


 ラノベや漫画に出てくる聖女の服装をしていている。


 綺麗な目鼻立ちと薄い黄金色の瞳、象牙色の肌、長くて白い髪は女性向けの異世界恋愛の作品に出てくるヒロインにそっくりだ。


 けれど、


 おっぱいは全然女性向けじゃない!


 美乳組のアリアとリアナとは比べものにならないほどで、まるでメロン二つをつけているようだ。


 二つの巨大なおっぱいはブラックホールばりに、俺の視線を吸い寄せてしまっている。


 足に激痛が走った。


「っ!」

「アークデビル、どこ見てんのよ」


 アリアの仕業だ。


 俺はアリアの胸を見つめる。


 そして、すぐまたアンナの方へ視線を向ける。


「なんか、すっごく侮辱された気分だけど……」

「案ずるな。お前が小さいわけじゃない。あの子がとんでもないサイズを持っているだけだ」

「……むかつくけど、納得してしまうわ」


 やべ……


 勇者のヒロインで、帝国の大聖女様がきたっていうのに、俺たちは彼女の乳鑑定をしている。


 二人揃って頭いかれていやがる……


「魔王アークデビル……あなたもいたんですね」


 アンナが俺を見て顔を顰めた。


 幸いさっきの会話は聴かれてないようだ。


 おっと、

  

 魔王としての威厳!


「婚約者と一緒にいる姿は、お前にとって不自然か」

「人族の女王と魔王が結婚……正気の沙汰ではありません」

「そうだな。だが、これからは人族と魔族が結婚するケースは爆発的に増えること間違いなしだ」

「あなたは悪なのに……」

「そんなのいったい誰が決めた?」

「……」


 俺の問いかけに、アンナは悔しそうに唇を噛み締める。


 よろしい。


 こいつはどうせ勇者に抱かれるクッソビッチ聖女だ。


 だから、気遣いなど無用。


 俺は畳み掛けるようにいう。


「悪は、アリア女王の国で好き勝手暴れてたお前らと諸外国の連中だ」

「……変装をして、そうやってまことしやかなことを女王様に吹聴したのですね」


 変装?


 なんでアンナがそれを知っているんだ?


 誰にもバレなかったはずだが。


 こうなったら開き直るしかない。


 俺はアンナの目を見つめて口を開く。


「俺は本当のことしか言ってない」

「……」


 すると、アンナは気落ちした表情で唇を噛み締める。


 なんだ?


 おかしいものでも食べたのか。


 そんなデリカシーのないことを考えていると、アリアが仲裁に入る。


「その辺にしておきなさい。それはそうと、大聖女様、一体なんのようですか?」

「それは……」


 アンナは遠慮がちな表情で俺を見ては、俯き、俺を見ては俯きを繰り返す。

 

 アリアは目を丸くし、俺に言葉を投げかけた。


「ちょっと、外行ってもらえないかしら?大聖女様と二人で話すから」

「……相手は敵だ。なのに二人で話すのか?お前は俺の婚約者だ。そんなことはさせない」

「……アークデビル」


 頬をピンクに染めて俺を上目遣いするアリア。


 メインヒロインの破壊力は半端ないな……


 俺が関心していると、アリアはえっへんと咳払いをし、自信に満ちた表情を向ける。


「いいの!これはガールズトークよ」

「……」


 ガールズトークか。


 つまり、誰かの陰口をいう件のアレだ。


 ろくなことじゃない。


「魔王、私はあなたに迷惑かけたり、女王様に害を与えるつもりは毛頭ありません。神様の名において断言しましょう」

「……」


 大聖女なるものがここまでいうなんて……


 俺は静かに執務室を去る。


アリアside


「それで、いったいなんの用ですか?」

「それは……ですね」


 アンナは一瞬自信なさそうにしているが、やがてアリアの顔を見つめていう。


「勇者のことです」

「ゆ、勇者!?」

「はい!」


 想定外のことを言われ、アリアは口を半開きにする。


 そんな彼女の気持ちなど気にすることなく、アンナは口を開く。


「あなたと勇者はとても仲が良かったと聞きました」

「……昔はそうだったかもしれませんね。でも今は……」

「魔王と手を結び、勇者とは決別されたと」

「はい。もうライトとは縁を切りました。彼が魔王を倒そうとする限り、彼は私の敵です」

「……そうですね。それってもしかして……」


 アンナの視線は定まらない。

 

 不安そうにも見えるし、何かを我慢しているようにも見える。


 やがてアンナは何かを決心したように、息を大きく吸って言う。


「それって、最近変わった勇者の態度と何か関係があったりしませんか?」

「え?」

「い、いいえ!すみません!今のは忘れてください!これは私の妄想で……」

「おっしゃる通りです!」

「え!?」


 肯定するアリアにアンナは戸惑いを覚える。


 アリアは淡々と述べる。


「勇者は変わりました。いいえ、彼の本性に気がついただけかもしれません」

「……」

「あなたは今も勇者と行動を共にしているので、悪口に聞こえるかもしれませんが、勇者は信用できない男です」

「そう、ですか」


 複雑な表情のアンナ。


 そんな彼女にアリアは関心したように訊ねる。


「大聖女様も感じていたんですね。あなたはいったいどんな変化を勇者から感じたんですか?」


 と、興味深げに問うと、アンナは深々とため息をついて、アリアの青い瞳をまっすぐ見つめながら言う。


「勇者から邪悪なオーラを感じます。さっきの魔王を軽く上回るほどの邪悪な何かを……」 

「え?」

 

 アリアは目を丸くした。

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