第33話 アンナの向かった先は……

 突然すぎるアンナの言葉に勇者は目を丸くして彼女を心配そうに見つめる。


「アンナ……今は諸悪の根源であり必ず倒さなければならない魔王のやつが、エルデニア王国を飲み込もうとしている。パーティーを休まないといけないほどの急用か?」


 勇者の問いに、アンナは目を外しながらおぼつかない様子で答える。


「え、ええ……とても大事なことなの。だから、しばらくはヒーリングなしでの討伐になると思うから、薬草は宿に置いておくわ。用事が終わったらすぐ帰ってくるから」


 爆乳聖女アンナの不安そうな面持ちが余計に勇者の神経を逆撫でした。


「アンナ……もし、僕にできることなら言ってくれ。協力するから」


 勇者は辛気臭い顔をしているが、長い前髪のため、表情は窺い知れない。


 そこへ、爆乳エルフであるサフィナが感動したように目を潤ませる。


「ライトさん……本当に優しいですね……アンナさん!私も協力しますよ」


 自分のエメラルド色の目を擦ってにっこり微笑むサフィナ。


 アンナは彼女を見て安堵したように胸を撫で下ろすが、一瞬、サフィナに慈愛の視線を向ける。


「大丈夫よ。私一人でもできるから。今のところは私一人でないといけないの」


 言って、アンナはみんなに対して笑顔を向けてくる。

 

「それじゃ、」


 アンナは踵を返して歩き去ろうとしたが、


「ちょ、ちょっと待って!」


 勇者であるゼン・ライトが彼女の手を強く握りしめる。


「っ!ライトくん?」

「帰って、くるんだよな?」

「痛いわ。ライトくん」


 痕が残るほどに彼女の手首を強く握っている勇者の手を振り解こうとするが、勇者は彼女との距離を詰めてもう一度訊ねる。


「帰って、くるんだよね?」

「……」


 プレッシャを感じさせる勇者の言動に、アンナは表情を変える。


 ヤンデレっぽくトパーズ色の目を色彩をなくし、勇者を指差す。


「あら、ライトくん、私が約束を守れないとでも?」

「それは……」

「初対面で大聖女である私の唇を奪った男なんか放っておくわけがないじゃない」

「あ、あれは事故で……」

「私がいない間に他の女の唇を奪ったら、ただじゃ済まされないわ」

「わかった」


 勇者が面食らった様子でいると、アンナは早速勇者の手を振り解いて、テクテク歩く。


 勇者は不安そうに視線をあっちこっちに向けるが、彼女を追いかけることはしない。


「ライト、どうした?最近、あんた変よ」


 魔女のルイスが腕を組んで問うてくる。

 

「いや、僕はいつも通りだよ」

「ふーん、ならいいけど。私の前で隠し事したら、わかるわよね?」

「ああ……」


 勇者とルイとのやりとりを聞いていた爆乳エルフサフィナは、勇者の腕を自分の谷間に挟んでにっこり笑顔を浮かべる。


「ライトさん、ライトさん!久々に帝都にきたわけですし、美味しいものでも食べながら疲れをなくしましょうよ!」

「ああ。そうだな。ルイスも一緒にどうだ?」

「そうね。今日はちょっとあんたはいじりたい気分よ」

「お手柔らかに頼むよ」


 勇者は優し声で言うが、手は震えている。


アンナside


 白い聖女服を着ている白い髪の持ち主であるアンナは宿へ行き、治療用の薬草を宿に置いてから外を出る。


「……なんで」

 

 アンナは歩きながら頭を抱えている。


 最近のライトは様子がおかしい。


 いつも、どこか抜けていて、けれど、自分のことを大切にしてくれる男だったのに。


 彼との出会いは5年前。


 自分が帝国大聖堂の大聖女に任命されてから間もない頃。


 キングベアの襲撃により多数の死傷者を生んだ悲劇が起きた。


 あの時の自分は病人たちの傷を癒やしていた。


 すると、突然空から勇者が飛んできた。


 彼はひどい傷を負っていた。


 それでも、なんとか立ちあがって、よろめきながら自分が飛ばされたところへと歩もうとしていた。


『キングベアーを倒さねば……っ!』


 傷まみれになりながら、キングベアに立ち向かおうとする姿。


 とても男らしくて素敵だった。

 

 自分は何かに取り憑かれたようにその髪の長い男のところへいき、彼を抱きしめ、ヒーリングをかけた。


 そしたら、


 腰が抜けたライトはそのまま自分の方へ倒れた。


『え?ちょっと!待ちなさい!』


 気がつくと、ライトは自分の覆いかぶさるように上になって、


 自分とライトの唇が重なっていた。


 それが、自分のファーストキスである。


 それ以降、自分はファーストキスを奪った男であるライトと行動を共にすることにした。


 彼の純真無垢な姿、魔王を倒すために頑張る情熱、自分を思ってくれる優しさ。


 自分はだんだんライトに惹かれていった。


 仲間が増えても、ライトは変わらない優しさを向けてくれた。


 彼を独占したい。


 そんな気持ちが湧くほどに、彼のことが好きだった。


 けど、


 最近の彼はおかしい。


 魔族と人族が仲良くしようとすると、まるでヒステリックを引き起こすような反応を見せる。

 

 そして、


 何より気になるのは……


 ライトから漂う悪のオーラ。


 自分は大聖女と呼ばれるもの。


 ゆえに、悪には誰よりも敏感に反応してしまう。


 最初は気のせいだと思って無視してきた。


 けれど、時間が経つにつれて、ライトから悪というオーラがだんだん強くなってゆく。


 このままだと、


 間違いなく魔王に匹敵してしまう。

 

「……魔王」


 アンナはため息をつく。

 

 彼女は真相把握のために、エルデニア王国へと向かうのだった。


X X X



エルデニア王国

 

 俺は、アリアからの要望によってエルデニア王国に来ている。


 婚約したとのことで、魔王様をエルデニア王国でも見てみたいという要望が殺到したそうだ。


 まあ、どうせやることないし、仕事は下のものが全部やってくれるので、俺は迷いなくイゼベルとともにやってきた。


 遠足感覚でね。


 まあ、ただ単に王国の広場で演説ばかりやるのはつまらない。


 エルデニア王国の住民らと近くで交わることの方がいいん。


 なので俺の提案によって、俺とアンナはリアナとイゼベル、親衛隊をつれて王都の市場に来ている。


「魔王だ!マジで俺、魔王を生でみてるぜ!!こんなに近くで!」

「すっげ……諸悪の根源だと言われていたのに、全然そうでもないだろ」

「かっけ……」

「とてもイケメンだわ……」

「魔王様!いらっしゃい!!」

「目線ください!きゃあ!!今私をみてくれたわ!」


 人族は俺を熱烈に歓迎してくれた。


 熱々な彼ら彼女らの姿を見ていると、こっちまで燃え上がるもんだ。


「あはははは!!エルデニア王子の住民よ、魔王である俺をこんなに熱く歓迎してくれるとはな!褒美を与えてやろう!そら!そおおら!!」


 俺は収納で入れておいた熱々の焼き鳥やたこ焼きを人族たちに恵んであげた。


「こ、これが噂に聞くタコヤキとヤキトリ!?どれどれ……っ!おいちいい!!」

「なんだこれは!!おいしすぎるだろ!!」

「すっげ!!魔王様万歳!アリア様万歳!」

「こんなうめーもんをくれる魔王様が諸悪の根源なわけあるか!!」


 反応は本当に熱すぎてやけどしちゃいそうになった。


 市場巡りを終えて、俺たちは王宮へ戻った。


「あなた……よくもこんなとんでもないイベントをすぐ思いつくわね……」

「民たちの反応は絶好調だった」

「それは否定しないわ……けれど、いくらリアナと親衛隊を帯同させても、あんなに民たちとくっついていると事故が起きるかもしれないでしょ?暗殺だってあり得るわよ!」

「このアークデビルの前で暗殺だと?ふっ、ふざけたことを」

「……そりゃ、ちゃんと守ってくれるの知っているけど。一応私、あなたの妻になる予定だし、もっと優しくしなさいよ!」

「このアークデビルに優しさだと?一億年経っても無理だな」

「んもう」


 アリアは頬を膨らませてかわいくふいっと俺から顔を逸らした。

 

 アリアとの付き合いにもすっかり慣れてしまった。


 確かにアリアはプライドが高くツンツンしている。


 だが、それは不安を隠すためのハッタリだ。


 そこがかわいんだよな。


 もっとこんなやりとりを楽しみたいものだ。


 まだ仮面の人の正体はわからないが、とりあえず、社畜としてなんの面白みもない人生を歩んできた俺は、ここで自堕落な生活をしながら幸せを掴むんだ。

 

 そんなことを考えていると、


 ドアの向こうから声がした。


「アリア様!アークデビル様!お楽しみのところ申し訳ございません」

「私はアークデビルと別に楽しんでなんかないわよ!」

「あ、はい!すみません!」

 

 ドアを守る護衛は謝罪をし咳払いをする。


 アリアは不服そうに口を尖らして問う。


「それで、何?」

「大聖女、アンナ様がお見えです」

 

 アンナ?


 勇者のヒロインで、ヤンデレ属性持ちのアンナ?

 

 なんで?


 俺は石のように固まった。




 

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