第30話 勇者は絡まれる

数日後


 まさしく大事故だった。


 放送事故どころの話じゃない。

 

「はあ……」


 俺は玉座からため息混じりにワインを飲んでいる。


 最上級のロマネコンティ顔負けの美味しいワインを飲んでいるのに、味が全然しなかった。

  

 結局ヘーゲルは仮面の人を捕まえることに失敗し、俺は参列者たちを大事にならないうちに帰した。


 やつがつけた仮面。


 転生前の俺が住んでいた世界においては、匿名でハッキングを仕掛ける組織や、陰謀論じみた話題には必ず出てくるあれだ。


 つまり、あいつは転生前の世界となんらかの関わりがあるというのか。


 破滅フラグを回避する俺の行動を捩じ伏せ、原作通りに収斂させバランスを保とうとするチートキャラである可能性が高い。


 ちくしょ……


 せっかく丹精込めて立てた俺の計画が……


 悔しさに唇を噛み締めている。


 あの日から俺は執務室にこもって対策ばかり考えたが、それっぽい妙案は全然思いつかない。

 

 焦る姿を見せたくなかったからイゼベルにも入らぬようにと言ってある。


 どうしよう……


 まじでどうしよう……


 元ブラック企業の社畜は今超ピンチ!!


 このままだと、人族と魔族の間に不信感が募るばかりだ。


 つまり、これ以上ズルズル引きずっても事態はもっと悪化するということだ。


 曖昧な態度ほど人をイライラさせるものはない。


 部長のやつ、実務や仕事のこと知らないからずっと曖昧な態度とってそれっぽいこと言ってたよな。


 そんなのまじでやめておくれ。


 って、俺は一体に誰に言ってんだ。


 俺の頭のヤバさに気がついた俺は自分の頭を抱える。


「とりあえず正攻法で行くしかないか」


 事態は悪化していると思うが、それでも、平和を望む気持ちに変わりはないと胸を張って言おうではないか。


 そう思った俺は、玉座から立ち上がり、ドアを開ける。


 すると、


 目の前にはイゼベルが何かを強く我慢しているように、上半身をくねらせながら俺を切なく見つめている。


「ま、魔王しゃま……やっと外に出てくだしゃいましたね!」

「なんだ」


 頬をピンクに染めて、息切れしている彼女の姿はとてもセクシーである、無性に抱きたくなった。


 俺の問いにイゼベルは俺に迫ってきてはそのツヤのある唇を動かせる。


「今、外がしゅごいことになっています!!!」

「す、すごいこと!?」


 やっぱり戦争再開か。


 血の気が引く思いだ。


 滑り出しに戻ってしまうなんて……


 俺が悔しそうにしていると、


「クシュさんとシリの結婚式が王国内ですごい話題になっていて、人族の男と魔族の女が付き合う事例が増えています!」

「ん?」


 なんだと?


「しかし、現在、デビルニア王国とエルデニア王国は国交は結んでも渡航禁止になっておりまして……ですので、早く国境を開放をしてほしいという声が殺到してます!!」

「……」


 別の意味でまずいことになっていたのか!!!


 俺が口を半開きにしていたら、アリアが遠隔魔法で俺に連絡をしてきた。


 俺はいそいそとアリアからの連絡を受け取るベく、目を瞑って神経を尖らせる。


「アリアか」

「ええ、私よ」

「なんのようだ?」

「私の国がまずいことになったわ!!」

「え!?」

「早くシリみたいな美しい魔族に出会いたいとか言って、国境を開放しろっていう声が殺到しているわよ!!」

「……お前もか」

「え!?じゃあなたも……」

「ここにいる人族の男の貞操が危ない」

「そりゃ、あんなに格好いい人族の男の活躍を見てしまったんだもの……ここはね、人族と魔族の恋愛がメインの演劇がすでに制作中よ」


 演劇まで作っちゃうのかよ。


 それほどまでに、人族と魔族は熱々になったってことだろう。


 今までのしかかってきた重たい何かがポンと取れた気がした。


 俺は魔王面して言う。


「何を狼狽えているだ?早く互いの国境を開放すれば済む話だろ?」

「あなた……本当にいいの?このままだと、私の国とあなたの国、混ざっちゃうわよ……後戻りできなくなるわ……」

「お前は嫌か?」

「そ、それは……」

「それは?」

「別に、

「ならば問題ない」

「あなたという人は……わかったわ。また連絡するから」

「ああ。何かあったら教えてくれ」

「……言われなくても全部いうわよ」


 言ってリアナは遠隔魔法を切る。


 とりあえずこれで丸く収まったようだ。


 俺が安堵のため息をついていたら、イゼベルがまた興奮したように俺を見つめる。


「もしかして、魔王様はこうなることを全部予想して……」


 よ、予想?


 どういうことだ?


 不審がられるのは嫌だから、代わりに傲慢な笑みを浮かべる。


 すると、イゼベルが色っぽい表情でまた唇を官能的に動かせる。


「そうですね……仮面の男にわざと攻撃することを許し、クシュさんがシリを庇うような流れを作ったと……」

「ん?」

「それでいて、襲撃を受けても結婚式の様子が両国の全土にずっと映るように放置したのって、人族と魔族の距離を縮めるため……実にお見事です。全部魔王様の思い通りになりました」

「お、おう……」


 なんかようわからんけど、都合にいい展開になったということだな?


 俺はわざとらしく咳払いをし、勿体ぶるようにいう。


「イゼベル。全部お前のいう通りだ」


 俺が彼女を認めると、急に顔を真っ赤にして蕩けるような表情で言う。


「私はずっとあなたに支えてきましたから……ですから分かっちゃいます」


 全然分かってねーだろ。


 にしても、イゼベルってマジでいい子すぎるだろ。


 この子はずっと俺のもんだ!!


 勇者なんかには指一本触れさせやしない。


 と、心の中で勇者を罵った。


 くっそ食らえ勇者!


 てめーのくだらんハーレムによってイゼベルに迷惑がかかるのなら、


 お前のハーレムごと潰してやろう!



X X X


勇者side


「へっくち!」

「ライトさん!ライトさん!大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」


 くしゃみをした勇者に声をかけたのは爆乳エルフであるサフィナだった。


 勇者といつものヒロインズ三人(魔女のルイス、エルフのサフィナ、聖女のアンナ)。


 四人はイラス王国の王都を歩いている。


 そしたら、道ゆく人々の話す声が聞こえてきた。


「いや〜シリさんまじで綺麗だよな。まさしく清純派アイドルって感じ!」

「デビルニアにはあんなに心優しく綺麗な女性がきっと多いはずだよ!」

「ツノが生えただけで、見た目は俺たちとそう変わらんしな」

「なんで今まで争ってきたんだろうな」


 みたいな声を聞いた勇者はコメカミを抑える。


 そしたら、不良っぽい青年が勇者を見て、顔を顰め、後ろから話しかけてくる。


「おい勇者」


 呼ばれた勇者は、踵を返して不良っぽい青年を見つめる。


「なんだ?」


 不良っぽい男は、チンピラのように勇者を睨む。


「魔王倒すのって、やめてくれる?」

「は?」



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