第19話 転生前の勇者
転生前の勇者side
倒れる寸前のアパート
深夜
くっさい匂いが漂う一室。
周りにはコンビニ弁当やおにぎりを包んでいたビニール、食べ残っているカップラーメン、冷凍食品などが散らかりに散らかっている。
部屋の隅っこには使い古されたPC本体が置かれており、繋がっているモニターがエロゲ『ハッピーファンタジア』のある場面を映していた。
『アークデビル!今度こそ僕が、この世界を惑わす諸悪の根源であるあなたを倒す!』
『ふっ、愚かな人族よ。滅びるのはお前たちの方だ!!』
勇者とメインヒロイン3人(大魔女であるルイス、エルフ族の姫サフィナ、そして大聖女のアンナ)が魔王の玉座で対峙している。
まるで最終決戦と言わんばかりに、手に汗握るような構図である。
魔王は4人の協力プレーのおかげでかなり魔力を消耗していて息切れしていた。
そこへ勇者は剣を振り翳し、そこへありったけの魔力を込める。
『エクス……カリバー!!!』
すると、勇者の剣から白い光が出ており、魔王に向かって放たれた。
『
魔王も負けじと黒い剣を勇者に向け黒い光を発射させた。
白と黒とが交わり、辺り一体は魔力による衝撃波で満たされてゆく。
時間が経つにつれ、魔王の黒い光の威力がだんだん衰えていき、勇者の放ったエクスカリバーの光が圧倒していった。
『ば、バカな……この俺が……最強であるこの俺があああ!!』
魔王の断末魔が聞こえ、やがて真っ白な背景が続いてから、勇者とヒロイン3人の姿が見える。
『やっと……やっと倒したか……』
言って激しく息切れする勇者を支えたのは3人の美少女たち。
『ライトくん……やっと倒したわね……散々あなたを罵っていたのだけど、今日は認める。ライトくん、たっぷりご褒美をあげるわ』
最初に言ったのはSっ気のある大魔女ルイス。
『ライトさん!ライトさん!本当に偉いです!私、ずっと信じていました!勇者であるあなたが世界を救うと!あとでエルフの森に行きましょう。私があなたに極上の安らぎを与えます』
爆乳エルフであるサフィナが勇者の腕を自分の大きな谷間に挟んで愛くるしい声音でつぶやいた。
『ライト……もう魔王はいない。だからね、これかはずっと一緒よ。ずっと』
なんだかとても重みのある口調でいう爆乳聖女でアンナは勇者の頭を自分の爆乳に埋める。
そんな勇者は、
『ありがとう。行こう。僕たちの幸せを掴みに』
と言って、シーンが変わってゆく。
「この場面はいつ見てもそそるよな!んぐんぐ」
ビールをちびちび飲みながら130キロは優に超えそうな40代のおっさんは感極まるように体を震えさせる。
主人公と同じく長い髪、手入れされてない髭、どんぐりを頬張っているリスを連想させる頬、贅肉によって陥没された吊り目、そして妊婦をはるかに凌駕するお腹。
藤村健太郎は笑いながら呟く。
「これからエッチシーンが始まるんだよな……うっへへへへ!もちろんこの巨乳爆乳の3人もお俺好みのタイプだけど、美乳グループのアリアちゃんも、リアナたんも、女帝のカサンドラもその他のヒロインたちも捨てがたい……ああ、興奮してきた!これからじっくり堪能するぜ!うっへへへ!」
藤村健太郎は気持ち悪い微笑みを混ぜながらこれからのストーリーもじっくり味わいながらプレーしていく。
9時間後
朝10時になった。
目にクマができている藤村健太郎は何かに取り憑かれたような表情で家を出る。
洗ってないジャージ、穴だらけの靴、油まみれの髪。
「はあ……ハッピーファンタジアの世界に行きて……だいぶやり込んでんのに毎度毎度感動させられるぜ……」
嘆息を漏らしながら歩いていると、道ゆく不良っぽい制服姿のギャル二人が藤村健太郎を見て、顔を歪める。
「うわ、きっも……マジであれ何もん?」
「やだ、なんかくっさい匂いするし、キモすぎて受けるw」
「いや、受けないっしょ!あんなのパパ活で一億もらっても会えないよ」
「一億ならするよ!あ、やっぱ無理か」
「でしょでしょ!?あはは!」
みたいな会話をしながら早歩きで去るギャル二人。
藤村健太郎はある目的地に向けて異臭を撒き散らしながら移動した。
駅近のパチンコ屋
ピコピコと、気が遠くなる音が響く中
「クッソ!この台当たらなすぎるだろ!!」
藤村健太郎は激怒して台を叩く。
そしたら、ガタイのいい店員がやってきた。
「お客様!台を叩くのは固く禁止されている行為です!」
「ふざけんな!こんな調子の悪い台じゃ、ここもいずれ潰れるだろ!」
「これ以上迷惑をかけるつもりでしたら、ご退場願います!じゃないと警察に通報します」
「っ」
藤村健太郎は店員が自分よりガタイのいい筋肉質の体格であることを確認するや否や、席から立ち上がってそそくさパチンコ屋を出る。
「ちくしょ……有り金全部使っちまった。生活保護の受給額低すぎんだろ!もっとあげよろ!」
と、ぶつくさ言っていると、
「あっ、なんだ……」
強い光が自分の顔を照らした。
その光はあまりにも強すぎて、目を開けることもできないほどであった。
だが、藤村健太郎は必死に目を開けた。
なぜかというと、
光が放たれたところからは、道が見えたからである。
その道の先には
さっきプレーしたハッピーファンタジアに出てくるヒロインたちの姿が見える。
裸姿のヒロインたちは藤村健太郎に向けて手を振っていた。
幸せそうな表情のヒロインたち。
藤村健太郎は何かに取り憑かれたように瞳に色彩がない。
「いくよ……俺、いく……やっと俺にもこの時がやってくるのか」
右手を広げてテクテクと強い光の発生源へと近づく。
キモデブであるがゆえにみんなにいじめられた学校生活。
鈍いだのとろいだの使いものにならないだので、ろくな仕事ができなかった自分。
仕事もせずに部屋で引きこもり生活を続けた自分を詰る親に暴力を振るった挙句、勘当され、生活保護を受けながら18年間生きていた自分。
そんな中、自分の人生に彩りを与えてくれたハッピーファンタジアに出会って救われた自分。
やっとこの生活に終止符を打って、快楽と幸せ溢れる世界に行けると期待に胸を弾ませる自分。
夜通しゲームをしたので彼の意識は朦朧としていた。
「俺、勇者になりたい……」
小声で呟く彼の前に現れたのは、眩しい光。
だが、
その光は、
太陽光が10tトラックのフロントガラスに反射されることによって生じたものだった。
藤村健太郎は車道に入っており、10tトラックは凄まじい勢いで走っている。
トラックは
彼を跳ねる。
意識が朦朧とする。
自分の目の前には
しばし経つと、声が聞こえてきた。
「勇者転生よろ」
実に簡潔な言葉だ。
言葉を聞いてから藤村健太郎は意識を失った。
そして目を開けると、
「え?」
村人が自分を見て感動したように手を振っている。
これは……
自分が勇者であることが判明し、旅に出ようとする勇者の姿だ。
ハッピーファンタジアにおける最初のシーンだ。
つまり
自分は勇者に転生した。
やっぱりあの時見ていた道は幻なんかじゃなかったんだ。
勇者は村人に手を振って村を出る。
目の前にはゲームで見た大自然が広がっている。
村から結構離れたところまで来た。
勇者は安堵したように息を吐いて、
気持ち悪くほくそ笑む。
「ぶ、ぶっひひひひ!!!!あはははは!!!ハッピーファンタジアの主人公に転生か……ずっと夢見てきたハーレムが俺のものに……」
勇者は口裂け女のように口角を吊り上げる。
だが、何かを思いついたように、「あっ」と目を丸くして、意味深な表情をする。
「でもよ、こう言うのってシナリオ通りにやらないとおかしなことになるんだよな。だとすると、原作通りに行動する必要がありそうだな。難しいことじゃない」
勇者はニヤニヤしなら両手を広げて青空を見つめたのち、
「だって、俺はこのゲームを1000回以上もプレーしたんだああ!!!!!」
言って勇者は息巻く。
「絶対……絶対!ハーレムを実現して見せるさ!全キャラを一人も残さず徹底的に攻略してやるからよ!!!ぶっひひひひ!」
前髪が無駄に長い若い勇者はこだまするほど笑い続ける。
現在
「クッソ!!クッソ!!!」
ひとしきり路地裏で暴れた勇者は興奮を抑えるべく、深呼吸をした。
「きっと何かの間違いだ。こう言うのは物語の強制力が作用して、いずれアリアちゃんはこの俺に落ちるんだ……だから落ち着け!藤村健太郎!お前ならできる!」
自分を戒めてから勇者は路地裏から出た。
人々は勇者の登場に目を光らせて口を開く。
「ほら!勇者様だよ」
「今日も格好いい!」
「早く魔王を倒してください!」
「この世界における唯一の希望だわ」
口々に勇者を褒め称える人々。
そんな中、人々の中でいつも連んでいるヒロイン3人(ルイス、サフィナ、アンナ)が現れた。
勇者は笑顔を向けて彼女らに話しかけた。
「悪い。遅くなって」
勇者が謝ると魔女であるルイスが口を開いた。
「アリア女王から何を言われた?」
彼女の問いに、勇者は一瞬顔をこわばらせるが、すぐ笑顔を向ける。
「詳細は言えないけど、アリア女王殿下は魔王のことで気疲れしているみたい」
勇者の問いに、エルフのサフィナがかわいく握り拳を作って言う。
「そうですね……やはく魔王を倒しましょう!!」
サフィナの問いに聖女であるアンナが渋い顔を向ける。
「そうね」
3人の反応を見て、勇者は胸を撫で下ろした。
先に歩く3人と後ろを歩く勇者。
勇者は3人のお尻を見て、
ほくそ笑む。
追記
カミュがアラブ人を殺したきっかけのナイフによる強烈な太陽の反射と、藤村健太郎が死んだきっかけであるトラックのフロントガラスによる強烈な太陽の反射……
なんかにとるわい。
これからおもろくなります
(๑╹ω╹๑ )
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