第18話 俺のハーレム
手紙の時より興奮した勇者は、「あっ」と何か思い出したように急に落ち着いた様子でアリアを見つめる。
「悪い……取り乱してしまって」
「ライト、なんだか変よ。手紙の時といい、今といい……」
勇者から少し距離を取ったアリアは胡乱げな顔をして彼にジト目を向ける。
すると、勇者は冷や汗をかきつつアリアの方へ近づく。
「僕は変じゃないよ。全てはアリアのために言っていることだから」
右手を広げて説得するようにいう勇者。
だが、彼の前髪のせいで表情は窺い知れずだ。
勇者は続ける。
「僕は、人類は絶対悪であるアークデビルを倒さないといけないんだ。それはアリアもよく知っているだろ?」
言うと、アリアはため息をついてから心配そうな表情で語る。
「魔王は戦うつもりはないと言っているし、何より、このまま戦争を続けたら私の民たちが苦しい思いをしてしまうわ……今も、結構逼迫しているし。少なくとも休戦という形にして、内政に集中すべきよ」
至極真面目な瞳で勇者を捉えるアリア。
一国の王にしては若すぎるが、彼女からは女王たらしめる威厳が流れているようであった。
だが勇者は、アリアの手を握って長い前髪に隠れている目で彼女を見つめる。
「ダメだよ。魔王と妥協だなんて。前にも言っただろ?奴は狡猾で卑劣だと。きっと利用されるだけ。膿は放置すると大変なことになる。だから、一生懸命絞り出して、徹底的に排除しないといけないのさ」
「でも……」
「アリア」
「……」
アリアは口をもにゅらせ、戸惑いの面持ちを見せる。
勇者はそんな彼女を抱きしめる。
「アリア、幸せは僕たちのものだよ」
「……ライト」
「何?」
抱かれている状態のアリアはライトに質問を投げかける。
「魔王を倒すと、幸せが訪れると言ってたよね?」
「ああ。そう」
「ライトにとっての幸せってなんなの?」
「っ、それは……」
問われて言いあぐねる勇者。
その瞬間、アリアが顔を顰めた。
勇者はいそいそとアリアから離れる。
「それはね、みんなが平和に暮らす世界のことだよ」
「平和……」
「そう。平和だよ」
勇者が胸をムンとそらして自信満々に言うが、アリアの表情は暗い。
「魔王が倒れたとしても、人間同士で争ってもっとひどいことが起きることもあるじゃない」
「そ、そんなことはないよ!全てアークデビルが悪いんだ」
「……」
「もし、アリアが危ない目に遭ったら、僕の力で絶対守って見せるから、安心して。アリアが不安がる理由はないさ」
「……」
勇者の説得するような言葉を聞いたアリアは静かに目を瞑った。
瞑想でもしているように、数回呼吸を繰り返してから、目を開けて、透き通るような蒼い瞳で勇者を捉える。
「ちょっと考える時間を頂戴」
アリアの言葉に、勇者は焦るような様子でリアナの右肩を強く握る。
「そんな……考えるまでもないから。連合軍が集まった今が、諸悪の根源たる魔王を滅ぼす千載一遇のチャンスだよ」
「……ライト、痛い!」
「っ!悪い」
勇者は痛がるアリアを見て、我に返ったのか、手を離して謝罪する。
そんな勇者を見て、アリアは手を組んで言う。
「ライト、今はお互い冷静じゃないと思うわ。だから、時間をおいてからまた話そうね」
「……」
「今は一人でいたい気分よ」
「……もし、何かあったら、いつもで呼んでくれ。僕はアリアのことが心配だ」
「わかったわ」
「それじゃ、僕はこれで」
「ええ。さようなら」
勇者は頭を下げたのち、ドアを開けて立ち去る。
魔王side
「あのクッソがあああ!!アリアに俺の悪口ばかり言って!!」
「ルビデさん!落ち着いて!護衛に見つかりますよ!」
「こんなの、怒らずにはいられないっつーの!あいつ、アリアに論破されたけど、俺のせいにして逃げやがったぞ!!あのクッソ勇者!」
「いいから!とりあえず……」
俺は怒った。
めっちゃ怒った。
クッソ!
あの勇者はやっぱりクッソ勇者だった。
自分が不利になったら『魔王が悪い』と言う出鱈目をアリアに吹聴する。
卑怯だ!
このやろう!!!
あと、いくらメインヒロインだからといって、ボディータッチしすぎだろ!
俺は経理社員だったから、女はおろか数字しか見てねんだよ!
うらやまけしからん!
みたいなことを心の中で口走っていると、リアナが俺を必死に止める姿が視界に入った。
こんなちっこい美少女が俺の体を必死に抑えてくれている。
これは落ち着く。
「ああ、すまん」
俺はリアナから離れ、興奮を抑えて気持ちを落ち着かせるべく深呼吸をした。
去っていく勇者の後ろ姿を見ていると、はらわたが沸繰り返る思いだが、俺は我慢した。
ここにきて、全てを台無しにするわけにはいかない。
にしても、アリアとクッソ勇者の会話は、最初こそ自然な流れだったが、途中、不自然な感じになったんさな。
抱きしめらているアリアが勇者に幸せってなんだって聞いた時、アリアは顔を顰めて、勇者は慌ただしく彼女から距離を取った。
なんだろう。
俺が思案顔で考えていると、リアナが口を開く。
「ルビ……魔王様」
「んだよ。ここだとルビデだろ?」
「やっぱり、魔王様の方がしっくりきます。バレない自信あるので」
「まあ、バレないならいいが。んで何?」
「私の願いを聞いてくださり、誠にありがとうございます」
リアナはそう言って、俺に丁重に頭を下げた。
「気にすることはない。俺も勇者について色々知ることができたわけだから」
「魔王様」
「ん?」
小首を傾げる俺にリアナは確信に満ちた表情を向けて艶のある口を開く。
「私が抱いてきた疑問は、ほぼ確信に変わりました」
「え?何言ってんの?」
「私は、アリア様を慰めに行きます。管理人には私が行っておきますので、今日のところはごゆっくり休んでください。あわよくば今夜、アリア様からの呼び出しがかかる可能性もございますので」
「お、おお……」
リアナの顔は実に明るいが、紺色の瞳の奥には鋭さが宿っているように思える。
アリアside
執務室
勇者が去った後、一人取り残されたアリア。
彼女は不安そうに執務室の中をぐるぐる回る。
数分ほど経過すると、ドアから声が聞こえた。
「女王殿下、リアナでございます」
リアナの声を聞くや否やアリアは胸を撫で下ろして安堵のため息をつく。
「入ってきなさい」
ドアが開かれ、リアナが姿を現した。
「アリア様……その、大丈夫だったんですか?」
「リアナ……リアナ!」
アリアはリアナの方へ走って行って、彼女を抱きしめる。
リアナはそんな華奢で美しい彼女を優しく抱きしめてあげた。
「リアナ……私、不安なの」
「何がですか?」
「何もかもが変わりそうで……今まで私が当たり前だと思っていた何かが、嘘偽りに塗れた醜悪な何かに見えそうで」
「と、言いますと」
リアナはとても落ち着いた大人な表情をアリアに向ける。
すると、アリアは意を決したように頷いて返答する。
「ライトにとって魔王という存在は、自分の目的を達成するための手段に過ぎないんじゃないか、そう思ってしまう」
「勇者の目的、なんですか?」
「幸せ……」
「実に抽象的に言葉です。捉え方によっては様々な解釈ができますので」
「その通りよ。あのね、私聞いだの。ライトにとっての幸せってなんなのか」
「ほお、それで」
問うリアナにアリアは彼女との距離を取って、暗い表情で言う。
「私に聞かれたライトがね、ズボンが破れるほど下半身のあそこを大きくして、私の太ももに当てたの」
「な、なんですと!?」
会話の内容は魔王の助けによって全部知っているが、まさか、見えないところであんなことがあったとは。
「こっちは、苦しい思いをしている民草のことで気の休まる暇もないというのに……殺されたお父様、お母様の代わりに、このエルデニア王国を復興させないといけないのに……国庫のお金を盗む輩が蔓延る中で、ライトは私の事情なんか全く気にすることなくあんなことを……」
唇を噛み締めて悔しがるアリア。
リアナはアリアに鋭い眼差しを向けて話す。
「アリア様が勇者と出会ったのは確か5年前ですよね?」
「……うん」
「大浴場で風呂を浴びているアリア様の上に、ワイバーンと戦っていた勇者が落ちてぶつかったと」
「そうね……」
「アリア様」
「なに?」
グイグイ攻める態度のリアナにアリアは戸惑いつつ、視線で続きを促す。
「そんなことが確率的にあり得ると思いますか?」
「え?」
「なぜよりにもよって王宮にある大浴場ですか?」
「……」
「それも、アリア様が浸かっている間に、まるで狙ったかのように」
「り、リアナ!あなた!何を考えて!」
「前々から怪しい人だとは思いました。エルデニア王国の象徴たるアリア様の体をなんの許可もなく触ったり、他の美人仲間たちと話して鼻の下伸ばしたり」
「……」
リアナはアリアの瞳を直視して言う。
「すべてはヤツのいやらしい目的を達成するための自作自演かと」
勇者side
路地裏
アリアとの話を終えた勇者は、みんなに歓迎されながら王宮を出てひたすら歩く。
やがて、人気のない路地裏についた勇者は、小石を足で蹴り上げた。
それから勇者は頑丈な壁に拳をぶつける。
すると、壁に穴とひびができ、崩れる寸前の状態になる。
「クッソ!!!何で原作通りに進まないんだよ!!!!くっそ!!俺……俺の……俺の!!!」
勇者であるゼン・ライトは声の限り叫ぶ。
「俺のハーレムウウウウウウ!!!」
次回
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