第17話 勇者は……
『魔王シャマアアア!!!』
「おいイゼベル、うるさいぞ」
『しゅ、しゅみません!魔王様の声を聞いてつい!』
部屋に戻った俺はイゼベルからの報告を受けるべく、遠隔魔法を使ったはずだが、この有様だ。
「俺が魔王城を空けてから1日ほどが経つが、変わった様子はないか」
『順調でございます!サーラとリナを除いて、魔王様の不在に気付いたものはございません!みんな街づくりとたこ焼き作りに熱心でございます!』
「……そうか」
と安堵のため息をついていたら、聞き慣れた可愛い声が俺の耳をくすぐる。
『魔王様!こんばんは!』
『こ、こら!リナ、ダメだよ。今イゼベル様と魔王様は重要な話をしようとしているから!す、すみません!』
リナちゃんの声、マジで癒される……
今日の疲れが一気に吹っ飛ぶ感じだ。
「ふむ、イゼベルと二人は一緒にいるのか」
『はい!全員私の部屋にございます』
イゼベルが元気のいい声音で答えると、リナちゃんがまた明るいトーンで言う。
『私たち、イゼベルお姉ちゃんも大好き!!このおっぱい……心地良すぎる』
『ここここら!イゼベル様に失礼でしょ!?すみません……すみません』
『あはは、気にすることはない。みんな魔王様のことを慕う仲だ。いっぱい甘えても良いぞ』
『わああああい!』
なんだか3人のやりとりを聞いていると、こっちまでもが頬が緩む。
俺はニヤニヤしながら、必死に感情を押し殺して言う。
「仲良しなのはいいことだ。我が国の住人たちにとって実に望ましい姿だからな」
どうやら向こうは上手くやっているようである。
俺が安堵のため息をついて、胸を撫で下ろしていると、イゼベルが心配そうな声で訊ねてきた。
『魔王様は、エルデニア王国でどうされましたか?何か進捗はございましたか?』
「あ、そうだな」
俺はさっきのアリアの様子を思い出して口を開く。
「アリアは戦争を望まない。その意思だけは確認することができた」
言ったら、今度はサーラが食いついてきた。
『やっぱり!女王殿下は民を第一に思っていらっしゃいますね!よかった……』
音声しか聞こえないが、サーラはとても喜んでいるようだった。
まあ、この間まではサーラはエルデニア王国の住人だった。
腐敗しきった領主のもとで生活していたとはいえ、アリアに悪感情はないんだな。
ひょっとしたら、俺がたてた『腐敗したエルデニア王国の貴族たちを一網打尽にする計画』に、より確かな根拠を与える言葉をサーラはくれるかもしれない。
なので、俺は咳払いをして、威厳のある口調で問う。
「サーラ、聞きたいことがある」
『はい!なんでしょうか?』
「エルデニア王国の平民どもは、アリア女王のことをどう思っている?」
『女王殿下のこと……』
しばし考えるそぶりを見せたのち、堂々と答えるサーラ。
『いわゆるアイドルのような存在です。中には、女王殿下の若すぎるが故の未熟さを好ましく思わない人もいます。けれど、女王殿下が辿ってきて悲劇をみんな知っていますので、心の中では女王殿下のこと、応援しています』
「ふむ、そうか」
これはとても貴重な情報だ。
作中では、アリアには民を大事にするという設定があるが、実際に支配を受けている民らは彼女のことをどう思っているのかまでは出ていない。
物語において、主体は勇者とヒロインだけだ。
非主流であるサブキャラや他の人たちは当然排除されている。
顔すら出てないもんな。
「ふむ、わかった。引き続き、報告をよろしく」
『『『はい!』』』
「また連絡する」
と、俺が遠隔魔法を切ろうとした瞬間、リナちゃんが割り込んできた。
『あ!待て待て!魔王様!』
「ん?なんだ?」
まだ話したいことでもあるのか?
と、続きの言葉を待っていたら、
『おやすみなさい!』
「……」
やっべ……
小さなお子ちゃまに『おやすみなさい』を言われただけで、こんなに心安らぐものなのか?
お嫁になんかいかせてたまるかよ!
待て、俺はリナちゃんのお父さんじゃないんだぜ。
一瞬、脳がバグったけど、俺は咳払いをして我に返った。
「ふむ。おやすみ」
言って、俺は遠隔魔法を切った。
そして目を瞑る。
「アリアのやつ、何考えてんだろうな」
これは原作じゃない。
オリジナルストーリーだ。
だから何が起きるかは予想できない。
俺は計画を練り直してから眠りついた。
朝になった。
職員専用の食堂で飯を食う。
硬いパンに水っぽいスープ。
作中での勇者は美味しいものをいっぱい食べていたがな。
「はあ……早くなんとかしないとだな」
俺はため息をついて、朝ごはんを全部食べた。
食後は仕事の開始である。
俺の仕事はアリアの執務室近辺の掃除だ。
国の財政がやばいせいか、あまり掃除されていない。
調度品や手すり、絨毯などが埃まみれだ。
官僚やメイドたちが俺のことを可哀想に見ていたのはこのせいか。
これは一人でやるのはかなり時間がかかる。
しかし、大丈夫なのだ。
俺は魔王。
闇属性の魔法を応用すれば、わけないことだ。
その気になれば、十秒足らずでここをピカピカ状態にすることはできるが、俺はあえて手を抜くことにした。
俺は柱の後ろへ行き、もたれかかるようにして目を瞑った。
そして闇属性の魔法を執務室辺りで施す。
すると、とてもゆっくりといったスピードで、埃がなくなってゆく。
これは暗黒の力に埃を吸わせているんだ。
「頑張る必要はない。一人分の仕事をすればいいんだ」
そう。
転生前の俺は、頑張りすぎてたんだよな。
会社で一生懸命頑張ってもいいことないぞ。
給料上がらんし、上司に牽制されるだけだ。
これから会社で働こうとする諸君、そして新入社員ども、よく聞け。
頑張るな。
頑張るふりをしろ。
所詮会社はあんたたちの頑張る姿なんかどうでもいいと思うのか、都合のいいコマとしか見てないぞ。
頑張るのはお前らが独立して自分のビジネスをする時にすることだ。
俺は誰に何をいってるんだ?
と、俺は柱の後ろに隠れながら、眠りについた。
1時間くらい過ぎたのか、俺は目を開けた。
執務室辺りの一部だけが綺麗になっている。
俺は綺麗はなったところへ行った。
「ふむ、よろしい」
満足気に頷いたら、護衛の人たちと目がった。
一部だけが綺麗になった箇所を見て彼らは微笑んでくれた。
よし。
これが社会生活ってやつだ。
俺も微笑んで頷き返すと、向こうから見慣れた男女が現れる。
前髪が無駄に長い勇者と、紺色の髪をした暗殺者っぽい美少女リアナである。
「勇者様、流石に私もご同行した方が……」
「ううん。いいよ。もし何かがあったら、アリアは僕が守るよ。だから安心して」
「……」
みたいな会話をしたのち、甲冑を纏った勇者は執務室のドアの前に立つ。
すると、護衛がドアの向こうにいるアリアに伝える。
「女王殿下!勇者様がお見えです!」
「入りなさい」
言われた勇者はなんの躊躇いもなく中に入る。
くっそ……勇者め……
俺はまずい飯を食べながら一生懸命(じゃないかも)掃除やってたのに、お前は楽してアリアに謁見かよ。
それも二人きりでな。
一体何を話すつもりだ。
このエロゲのくそ竿役め。
と、俺が歯軋りしていると、リアナが俺を発見し、すすっと素早く俺の方へやってきた。
「お、リアナか」
「おはようございます」
普段のリアナは、俺をみると顔をピンク色にしながらおかしな反応を見せるが、今のリアナは上気した表情でドアの方を睨んでいた。
彼女は誰にも聞こえないような小さな声で呟く。
「魔王様」
「ん?」
「ちょっと失礼します」
言って彼女は俺の手首を掴んで、さっき俺が寝ていた柱の後ろへ行く。
ひょっとして、俺がここで適当に仕事をやってたのがバレたか?
それを咎めるために?
んなわけないよな。
リアナは唇を噛み締めたのち、フードを脱いで、上目遣いする。
やっぱりすごい美少女だ。
「あの……魔王様」
「なんな?」
「一つお願いがございます」
「お願い?」
「無論、私はあなたにお願いできる立場でもありませんし、資格もございません。でも……でも……」
思い詰めた表情をするリアナ。
こんなちっこくてかわいい美少女が頼んでくるわけだ。
話くらいは聞くべきだろう。
「なんの願いだ?」
いうと、リアナはすぐさま返答をする。
「昨日みたいに、魔法をかけて執務室の中の様子を映していただけますか?私だと、勇者様に勘付かれてしまいます」
「ほお」
つまり、千里眼と盗聴をしろってわけか。
「理由をなんだ」
「それは……」
一瞬いいあぐねるリアナだが、やがて確信に満ちた顔で言う。
「勇者をもう信頼していないからです」
「……」
驚いた。
確かにリアナは勇者をエッチな人だと認識して警戒している。
だが、それはあくまで色々toラブル漫画に出る風紀委員みたいな立ち位置であり、やがて勇者のハーレムに加わって、身も心も破廉恥になるのだ。
けれど、
今のリアナは、そう言った甘酸っぱい感じではなく、完全に敵意を露わにしている。
だとしたら、
俺も、
協力してあげようじゃないか。
「よろしい」
まあ、俺も気になったことでもあるし、むしろリアナが俺に名分を与えてくれたのだ。
俺は千里眼と盗聴を使い、中の様子を映像にした。
執務室
アリアside
「ライト……」
「よ、アリア。リアナちゃんから話は聞いたよ。だから僕、いても立ってもいられなくて」
言って勇者はアリアのところへ行き、彼女を抱きしめる。
「相談に乗るよ。アリアが何に悩んでいるのか、僕に全部いってみて」
勇者の温もりを感じて安堵のため息をつくアリア。
やはり、いつもの勇者だ。
大浴場で裸を見られた時から変わらない大きな体。
安心する。
でも、
「……」
昨日の魔王との会話が鮮明に頭の中で蘇ってくる。
アリアは勇者から優しく抜け出して彼の顔をみる。
「ライト」
「うん」
「私、やっぱり魔王と戦争したくないの。できれば、共存できる方法を模索していきたい」
「は?」
アリアに言われた勇者は目を丸くする(前髪のせいで見えないが)。
そして、
徐々に
徐々に
握り拳を作り、顔を引き攣らせながら、
ゼン(善)・ライト(right)は叫ぶ。
「そんなのあり得ない!!!絶対認めないんだ!!!絶対!!!あああ!!!」
「え?」
ヒステリックを起こすように叫び散らかす勇者をアリアは呆然と見つめるだけだった。
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