第14話 会ってしもうた

 リアナと幾つか決め事をしてから彼女をエルデニア王国へ送り出した。

 

 彼女と交わした会話の内容を要約すると以下の通りである。


・俺は平民となり、エルデニア王国の王宮清掃員としてアリア女王の部屋近くを掃除する仕事に当たる。


・アリアとの会談は日課が終わった夜中に、リアナを帯同して行う。


・アリアが俺の意思が本物か偽物かを判断したら、俺は清掃員をやめる。


 これで戦争防止に繋がるのならお安い御用ってわけだ。


 戦争が終われば、勇者がエクスカリバーを覚醒させることは難しくなり、俺は豊かになった自分の国で幸せな日々を送ることができる。


 そこに至るまでの第一歩が今だ。


 自分の王国をほったらかしにしてもいいの?てめえ一応魔王だろうと疑問に思っている人もいることだろう。


 その辺については大丈夫。


 なぜなら、


 こいつは転生前から数十年間、引きこもりのだったんだ。


 だから数字国空けるくらいどうってことない。


 急な連絡は遠隔魔法を使って連絡するようにとイゼベルに言ってある。


 数日が経過した。


「てなわけで……きちゃったな。エルデニア王国の王都へ」


 そう。


 魔法で姿を変えた俺はエルデニア王国に来たのだ。


 翼で時速500kmほどのスピードで1時間半ほど飛んだらついていた。


 やっぱりめっちゃ便利だわこれ。


 この翼に関しては転生前の世界の素晴らしい技術力を駆使しても便利さにおいてはこっちが一枚上手だ。


 王都の入り口に到着した俺は、城壁の警備隊に、あらかじめアリアが作ってくれた身分証明書を見せたらすんなり通してくれた。


 そして歩くことしばし。


 木組と石畳の王都の街が現れた。

 

 にしてもな……


「一応王都なのに活気がないな」


 街には飲食店、防具屋、果物屋、青果屋、薬屋など、さまざまなお店が軒を並べてはいるが、店主たちの顔は強張っている。

 

 長らく俺の国と対峙してきたため、国力が低下した影響なのだろう。


 それに、


 軍人だ。


 服装を見るに、おそらく連合軍の連中だろう。


 甲冑姿で背中に剣を背負っている男たちの人数が結構多い。


 もしや……


 俺が不安そうに軍人たちに視線を向けたら、その中でイカツイ男とヤンキっぽい男が、青果屋にいる少女を見て口角を吊り上げ近づく。


「ほお、これはなかなか上玉だな」

「うっへへへ!兄貴!大当たりですぜ!娼館に行ってもこれを凌ぐ美貌はいない!」

 

 突然連合軍と思しき軍人二人に近寄られた青果屋の少女は怯えながら口を開く。


「何をお探しでしょうか……」


 青果屋の少女の問いにイカツイ男は気持ち悪く微笑みながら言う。


「お前だよ」

 

 すると、ヤンキっぽい男が少女との距離を詰めて実にヤンキっぽく唇を動かした。


「こんなところで野菜とか売らずに、俺たちと一緒に遊ばない?」

 

 うわ……


 あのセリフ、異世界でも聞くとはな。


 やっぱりだっさい。


 勝手な思い込みかもしれんが、幼いころ、同じ年の子らを散々いじめてきたような貫禄だ。


 なんの貫禄だよ。


 と、俺が呆れてため息をつくと、少女は首を横に振って切ない表情を向けてくる。


「だめです……これを早く売らないとお母さんが……」


 断られたヤンキっぽい軍人は『はあ!?』って思いっきり顔を顰め、少女の肩に手を乗せる。


「んだよ。俺たちと遊ぶことより、お母さんの方が大事なのかよ!!」

「っ!お母さんは病気で……早くこれを売って薬草を買わないといけません……」

「ほお、これはこれは健気な娘だこって」

 

 とヤンキは関心したように息をつくが、やがて気持ち悪く笑いつつ少女の頬を撫でる。


「俺たちに可愛がられたらお金いっぱい出してやるからよ。んなしょぼいもの売らずに、こっちこいよ」

「い、いや……やめて……」

「おっほ!この反応、さては処女だな。これはこれは、ますます燃えるぜ!」

「お願いだからやめてください……」

 

 ヤンキっぽい男は無理やり少女の体を触るが、少女は顔面蒼白になって男の手を拒絶する。


 そしたら、


 今度はイカツイ男が腹を立てて、野菜などが入っている木箱を蹴り上げた。


「クソアマが!!誰のおかげで邪悪な魔王から守られている思ってんだ!!!お高く止まりやがって!!!」


 イカツイ男は青果屋にある商品の全てを踏み躙って台無しにする。


「ダメです!これを売らないとお母さんが……お母さんが……」


 少女は跪いて散り散りになっている野菜を見て絶望する。


 隣の店の人は自分にとばっちりがかからないようにと建物の中に入り、他の軍人たちは絶望している少女を面白そうに見つめている。

 

 これはあんまりだ。

 

 俺はあの少女に危害を加えるつもりは毛頭ない。

 

 なのにあの二人は……


 これはちょっとお灸を据えてやる必要があるようだな。


 俺は密かに奴らへと歩く。


「こら!早くついてこい!あ?なんだ?お前?」

「この俺を怒らせた罪として、たっぷり楽しんでやるからよ!!え?なに?」


 青果屋の少女を蹂躙していた男二人は俺と目が合った。

 

 俺は奴ら瞳を見て小さく唱える。


悪夢ナイトメア


 すると、二人は何かに取り憑かれたかのようにぼーっとするが、嫌なことでも思い出したのか、気持ち悪い表情は絶望の表情へと変わってゆく。


 うち、ヤンキっぽいやつが大声をあげて逃げ出した。


「リンゼ……リンゼ!!俺の妹に手を出す奴らは許さん!!!」


 ヤンキっぽいやつが逃げた後、イカツイ男は急に血の気が引いたように顔色が悪くなり、全力で走ってゆく。


「ルビ!!ルア!!俺の妻と娘に何を!!!全部ぶっ殺す!!ルビ!ルア!今助けにいく!」


 イカツイ奴は気狂いのように駆けて去る。


 そう。


 俺は奴らに悪夢を見せたのだ。


 二人にとって死んでも見たくない場面を無理やり見せてやったのだ。


 人間が最も恐れること。


 それはつまり、


 自分たちにとって最も大切な存在が


 全く、困ったもんだ。


 お母さんの病気を治せる薬草を手に入れるために一生懸命働いている女の子を自分らの欲望の捌け口にするのはいいけど、自分たちの大切な存在がそんな欲望の生贄になるのは嫌か。


 全く!ダブルスタンダードと言ったらありゃしない。


 魔族であれ人族であれ、そんなろくでなし人間は排除せねばなるまいな。


 おそらくそんな連中がいなくなったら、俺が以前勤めたブラック企業もホワイト企業になるのではなかろうか。


 みたいなことを思っていると、青果屋さんの少女が俺を見上げる。


「あ、あの……助けてくださり、本当にありがとうございます!」

「いや、俺は別に何もしてませんよ。あはは!」

 

 社畜としての口調はまだ死んでないか。


 どうやら周りの人たちは、さっきの連合軍の男2人が勝手に暴走したと思っているらしい。


 なので道ゆく人たちは(ほとんどが軍人)は俺たちのことを気にすることなく通りすぎた。

 

 少女は何度もペコペコ頭を下げて感謝の意を表す。

 

「あなたはとても強力な魔法使いの方ですね。私、無能力者ですけど、魔法には興味ありますので!さっきのは催眠系の魔法ですよね?」

「おお、鋭いっすね」


 いかん、詮索されるのはちょっとまずいかも。


 それよりもだ。


「あの、大丈夫ですか?野菜が全部台無しになって……その、お母さんへの薬草は」

「……」


 俺の話を聞くや否や、少女はしゅんと落ち込む。


 そして諦念めいた面持ちで言う。


「全部私のせいです……連合軍たちによってここは治安が悪化したのに、無理してお母さんの店で野菜を売るという愚かな選択をして。まさしく自業自得」

「……」


 他人に責任をなすりつけるわけではなく、自分一人で背負おうとしている。


 平民でありながらあっぱれだ。


 俺は感動した。

 

 これは是が非でも助けてやらねば。

 

 と考えた俺は、ズボンのポケットに手を突っ込んで、『収納』を使い、金塊一本を取り出した。


 そしてそれを少女の手に握らせる。


「うん??これは一体?」

「金塊です。これならおそらく薬草が買えるはずです」

「なななななんでこんな高価なものを私に!?受け取れません……私は何もやってないのに!」


 ああ……

 

 そうだよな。


 この少女は良心のある人だ。


 心が腐っているラハクセやさっきの軍人どもは喜んで受け取るんだろう。


 だがこの女の子は清い心を持っているが故に、自分の働きによって得られるものじゃないと手を出さない。

 

 だとしたら、


 この子に役割を与えるとしよう。


「これは取引です」

「え?」

「魔王は人族との戦いを望まない。この言葉を広めていただけますか?」

「魔王は……人族と戦いたくない?」

「はい」

「……」


 少女はしばし考える仕草を見せてから、俺の瞳をじっと見つめる。


「そのことは事実ですか?」


 俺を検分するように見つめる彼女に俺は一瞬の迷いなく答える。


「はい。まごうかたなき事実です」

「……」


 少女はまた考えるそぶりを見せる。


 しばしの時が経つ。


 少女は金塊をポケットに入れて笑顔を浮かべた。


「わかりました!これで取引成立ですね!」

「おお!ありがとうございます!えっと……」

「クラリスと申します。えっと、あなたの名前は?」

 

 青果屋さんの娘クラリスさんは、期待に満ちた面持ちを向けて問うた。


 俺は息を深く吸って吐いたのち、踵を返して去る準備をする。


 去る前に俺は顔だけ後ろに振り向かせて言う。


「俺の名前はと申します」

「ルビデさん……ルビデさん!本当にありがとうございました!」

「ふふ」


 俺は優しく手を振りつつここを後にした。


 にしても、思わぬ出会いだったな。

 

 金塊には探知魔法をかけたので、クラリスさんが金塊を誰かに奪われる心配はない。


 安堵しながら、ひたすら歩く。


 数十分ほどが過ぎると、やがて王宮が姿を現した。


 ファンタジー風のエロゲに出てきそうな感じの王宮である。


 俺は護衛のものに身分証明書と推薦状を提示した。


 その瞬間、


 誰かが王宮から出てきた。


「ねえ、ライトくん、会議めっちゃつまんなかった。てか買い物に付き合って〜今日はずっと私の下僕よ」

「いいえ!ライトさんは私と一緒に美味しいものを食べに行きますよ!」

「あらあらライト、私と一緒に教会に行って子供の面倒を見るという約束いつ守ってくれるのかしら?」


 忌々しい名前が聞こえてきた。


 声のする方へ目を向ければ、ドSっぽい魔女、元気溌剌な食いしん坊エルフ、ヤンデレっぽい聖女がいて、無駄に前髪の長い男を囲むようにして歩いている。


 髪の毛が無駄に長い男は口を開く。


「みんな、遊ぶのはである魔王をだよ。だから今日は武器屋に行って、であるアークデビルの息の根をために、武器のメンテナンスをしてもらうから」


 俺は身毛みのけがよだった。










 

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