第6話 新たに生まれる関係

 いきなり抱きつかれたことで、俺は一瞬体が固まってしまった。

 

 いかん!


 俺は魔王だ。


 動揺しているところを見られてしまうわけには行くまい。

 

 威厳だ。


 魔王としての威厳なのじゃ!


「ふむ、いくら俺が格好いいからと言って、許可なしに抱きつくのはどうかと思うがな?」


 と、なるべく低い声で言うと、隣にいる姉(サーラ)が目を丸くして慌てながらいう。


「こ、こらリナちゃん!ダメだよ……離れないと。魔王様……本当に申し訳ございません!」


 サーラが頭を下げて謝ると、妹(リナ)は残念そうに俺から離れる。


 それからリナは目を潤ませながら、俺に物欲しそうな面持ちで真っ直ぐ俺を見ながら問うのだ。


「魔王様……抱きついていいですか?」


「っ!?!?」


 なななな、なんだこのかわいい表情!?


 もし、俺に子供がいたとして、玩具屋でこんな顔されたら、全財産を叩いて欲しいもの全部買ってあげたぜ……


 ちくしょ……

 

 社畜人生だった俺にリナちゃんというインパクトはやばい……


 だけど我慢だ。


 我慢なのじゃ!

 

 と、俺はわざとらしく咳払いをして口を開く。


「ふむ。俺は寛大な心の持ち主だ。好きにするといい」

 

 いうと、リナちゃんがとびっきりの明るい表情を向けたのち、俺の足に抱きつく。


 体小さいのに、まるで自分のものと言わんばかりに力を入れるリナちゃんがあまりにも可愛すぎるので、口角が吊り上がってしまいそうだ。


 はあ……リナちゃん……


 ブラウン色の柔らかい頭をなでなでしたくなるじゃねーか。


 俺が真顔でリナとのスキンシップを楽しんでいると、サーラが話しかけてきた。


「あ、あの……私たちを救ってくださり、本当にありがとうございます」


 サーラは何かを我慢するように口を結んで何度もペコペコ頭を下げてきた。


「気にすることはない。当たり前のことをしたまでだ。それより体は大丈夫か?胸を揉まれること以外は何かされたことはないか?」


 俺に問われたサーラはドヤ顔でふむと頷く。


「はい!お陰様で!」


 にしても、サーラってよく見るとめっちゃ綺麗だな。


 平民であるにも関わらず、顔自体は整っており、体だって結構凶暴なものを持っている。


 もちろん、イゼベルと比べたら見劣りするかもしれないが、人族の平民でこれくらいのビジュアルだ。


 きっと他の男が放っておく訳が無いだろう。


 もっと栄養価のあるものを食べれば、より美しくなること間違いなしだ。


 不思議だ。


 転生前の俺はなんの権力もなくて、誰かを守れるだけの力も勇気もなかった。


 だが今は……


 見事にこの二人を守ってみせた。


 ものすごい達成感……


 俺の選択は間違いではなかったんだ。


 そんなことを思っていると、ふと現実が俺の脳裏にのしかかってくる。


 この二人の住んでいた村は俺の軍によって支配された状態で、エルデニア王国は対話に応じる態度を示してない。


 手紙が真っ二つになって返ってきたからな。


 俺は真面目な表情をしてサーラに向けて言葉を紡ぐ。


「それよりもだ。お前らが住んでいたアハズ村についてだが」 


 アハズ村という単語が出たと途端、リナは見上げて俺を見つめ、サーラは物憂げな表情を浮かべる。


「どうやらエルデニア王国の偉い奴らは取り返すつもりがないらしい」


 俺がいうと、サーラは悲しい面持ちで明後日の方へ視線をやってのち、切なく俺を見て口を開く。


「……でしょうね。偉い方々にとって私たちは取るに足りない存在……」

 

 意味ありげに言うサーラに対して俺は怪訝そうに訊ねた。


「含みのある言い方だな。何かあったのか?」


 問われたサーラは、俺の赤い瞳を真っ直ぐ見つめたのち何かを決心したように唇を動かす。


「魔王軍に攻められた時、領主様含め、権力者たちは私たちを肉の壁にしてあっさり王都へ逃げ込みました」

「……」


 そんな事情があったのか。


「なので、私たちは両親を失い、ここに連れて来られました」

「……」

「仮にアハズ村をエルデニア王国の偉い方々が取り返しても、重い税金や度重なる搾取があるのみで飢餓や貧乏な生活から逃れることはできません。私の故郷ではありますが、アハズ村は、人族に支配されても魔族に支配されても地獄であることには変わりないです」


 顔を顰めて俺から目を逸らすサーラ。


 いつしかリナちゃんは悔しそうに涙を流して俺のズボンの布をぎゅっと握り締める。


 リナちゃんは消え入りそうな声音で言う。


「魔族がくる前も、私の友達、いっぱい死んじゃった……」

「……」


 悲しすぎるだろ。


 二人ともそんな悲しい過去を背負っているのか?


 これは泣きたくなる……

 

 いや、もう心の中での俺は号泣しているんだ。


 けれど、俺は魔王。


 人の前でひくひく泣くわけにはいかないんだ。


 魔王らしく振る舞わないと!


「サーラ」

「……はい」

「他の村人もお前のような考えを持っているのか?」

「……現在残された人たちはおそらくそうかと」

「なるほど」


 と、俺が至極真面目な顔で考え込む仕草を見せると、二人は暗い表情をしたのち俺に目を見やる。


 これは計画をちょっと変える必要があるかもしれんな。


 いや、変えると言うより拡張っていった方が正しいかもしれない。


 俺はサーラを見て言う。


「サーラ、お前は一つ間違ったこと言った」

「え?」

「アハズ村を魔族が支配しても地獄になると言ったが、それは違う。この俺、アークデビルが治めると、間違いなく栄える」

「っ!?それって!?」

「ああ。お前の考える通りだ。つまり……」


 俺は勿体ぶるように目を瞑っては格好つけるようにクスッと笑う。


 それから目を見開いて二人に宣言する。


「今からアハズ村はこの俺、アークデビルのものになった。よって、アハズ村に残された人族は全員俺のものだ。永遠にな」


「「っ!!」」


 驚く二人に、俺は期待を込めて探りを入れてみることにした。


「だから、二人も協力してくれないか?俺の立てた計画に」


 二人は戦慄の表情をしながら互いを見てつぶやく。


「(サーラ)デビルニアを誰もが羨む最も豊かな国にして……」

「(リナ)魔王様が永遠にこの世界を支配すること……」


 二人は何かを決めたように頭を縦に振っては、目をしばたたかせて俺を見つめ


「魔王様、不束ものでございますが、最善を尽くして魔王様にご協力いたします!」

「リナ、魔王様のことを大好き!!だからリナ、いっぱい助ける!!」


 どうやら二つ返事のようだ。


「よろしい。今日は色々あって疲れたはずだろう。もう夜だ。イゼベルに頼んで晩御飯を食べるように」


「「はい!!」」


 おそらく、この二人がここにきてから見せる最も明るい表情だと思う。


 まあ、支配地が一つ増えたくらいだし、別に俺の本当の目的に支障が出ることはなかろう。


 領地経営という名目で、俺の国を自分好みに仕立て上げ、勇者に殺されず自堕落な生活を送るのだ!


 なんてこっちから願い下げだ。


 俺は生き残りたいんだよ!



X X X


魔王専用食堂


「なななななんだと!?魔王しゃまがそそそそんなことを!?」


 取調室での事情を聞いたイゼベルは目を丸くして驚く。


「は、はい!これより、私とリナもデビルニアの住民となりました」

「お姉ちゃん!私、魔王様大好き!!だいだいだいだいだーいすきいいい!!」

「とても聡明で賢くて男らしくて、リーダーに相応しいお方だよね?」

「うん!」


 魔王を褒めちぎるサーラとリナの会話に、イゼベルは息切れしながら興奮する。


「はあ……すっぱらしい……魔族だけでなく、人族の心も射抜くなんて……この瞬間を、私はずっと待っていたのよ……ずっと……」


 露出の激しい服を着ている彼女は、熱い息を吐いて、自分の人差し指を咥えながら恍惚とした表情を浮かべる。


 そんな彼女の美しくも蠱惑的な姿を見てリナはにっこり笑って言う。


「私、魔王様が世界征服するのいっぱい手伝う!」

「え!?」


 当惑するイゼベルなんか気にする風もなくリナは自分の姉にも目で問う。


「ふふ、私もね!」


 二人の健気な姿を見て、イゼベルは感動したように目を潤ませては、食卓の椅子に座っている二人を抱きしめる。


 大きすぎるマシュマロが二人に極上の柔らかさを伝える。


「魔王様の夢を叶えるために頑張るお前らは、もう他人ではないぞ」

「「え?」」

 

 イゼベルは二人の耳元でセクシーな声音で囁く。


「魔王様を慕っている以上、二人は私の家族だ。だから私たちでアークデビル様ができるように尽くすのよ」


 イゼベルに言われた二人は、彼女の柔らかすぎるおっぱいが与える安らぎをそのまま受け入れ、目をつぶる。


「「はい……」」

「いい子たちね……今夜、私と一緒に語り明かそう」


 3人の間に新たな関係が生まれた。


 サーラとリナは思うのだ。


 種族は違うけど、


 イゼベルの体はとても暖かいと。

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