第5話 魔王は裁きの鉄槌をくだす

数日後


「……うまくいかんか」

 

 執務室にある俺は真っ二つに切り裂かれた手紙を見て頭を抱える。

 

 手紙を持ってきてくれたイゼベルは怒りを募らせながら地団駄を踏んでいる。


「あのれ!エルデニア王国め!我が主君であるアークデビル様の好意を踏み躙りやがって!!許さん!断じて許さん!今すぐにでもこの私が乗り込んで叩き潰しゅうう!!」

「おい、イゼベル、落ち着くんだ」

「これが落ち着いていられますか!!!おのれ……アリア……もしエルデニア王国が魔王様の支配下に入れば、あの小娘は魔王様に全てを奪われ尽くされ、しまいには下位魔族たちの手篭めにされ%$%%&されたり、’”$%%’することになるんだろ!!!くっしょおお!!」

「……」


 文字にしてはならない卑猥な言葉を口にするイゼベル。

 

 ちょ、ちょっと……


 落ち着いて?


 お前が暴れているせいで、お前の豊満な胸がデーンと揺れまくっているから目のやり場に困るんだが?


 ただでさえ露出の激しい服装だから胸の質感とか弾力とか丸見えだ。


 お前はエロゲのヒロインだから些細な行動一つ取っても魅力を振り撒いてるぞ。


 それに、俺のためにこんなに怒ってくれるなんて……

 

 いい子すぎる。


 おっといかん!


 危うくイゼベルの魅力にどっぷりハマるところだったけど、俺は気を紛らすために咳払いをした。


「イゼベル。そんな一度断られたくらいで腹を立てることはない。奴らに邪魔されようと、俺が立てた計画に変わりはないから」

「アークデビル様……」


 イゼベルは残念そうにため息を吐いては、俺を切なく見つめる。


 まあ、これはある程度想定内の展開だ。


 普通、こういう悪役転生ものって、いくら破滅フラグを回避しようとしても、元のストーリー通りに進むようバイアスがかかっている。


 しかし、いくら人族が攻撃してくるとて、こっちは守りに徹すれば問題はあるまい。


 攻める側より守る側の方がもっと有利な立場にあるのは周知の事実だ。


 ヘーゲルのやつがちゃんと納得して守ってくれればいいのだが……


 奴は好戦的な性格だから面倒ごとを増やさないことを祈るばかりだ。


 にしても、


 不思議だ。


 アリアはツンツンしているけど、民を大事にする性格の持ち主だ。


 俺が書いた手紙の内容って、占領した辺境の村を交渉材料としている面もある。


 なので、アリアなら絶対応じてくると思ったのだが……

 

 原作の強制力……侮りがたし。


「……」


 俺は切り裂かれた手紙を見つめる。


 一体


 がアリアにこんなことをさせたんだろう。


 アリアはいくら魔王だからといって、問答無用で手紙を真っ二つにするような女の子ではない。


 俺が歯軋りしていると、イゼベルもまた俺に倣って歯軋りした。


 まあ、考えたって無駄だ。


 とりあえず俺のやるべきことをしようではないか。


 と考えた俺は、イゼベルに命ずる。


「イゼベル。計画は続行だ。下のものにはそう伝えておけ」

「は、はい!御意のままに!」


 イゼベルは跪いて返事をしてのち、素早く立ち去った。


 俺はというと、


「……そろそろ終わる頃かな?」


 と言って、俺は翼を生じさせた。


 そして、開いた窓から降りて飛び上がる。


「やっぱり空飛べるのってすっげー便利だな」



X X X

 

取調室


「こおおらあああ!!早く吐かんか!!」

「ひいっ!」

「お姉ちゃん……怖いよ……」

「本来ならお前たちは、今頃魔王様の奴隷となって可愛がられる運命のはずだが、こうやって正気を保っていられるだけでも奇跡みたいなもんだ!だから早くエルデニア王国に関する情報を全て吐けえええ!!!じゃないと、この俺様が悪戯しちゃうぞ。へへへ、結構可愛いつらしおって」

「「……」」


 俺が魔王城の中にある取調室に行くと、中年の捜査官がリナとサーラを尋問している。


 鉄の扉によって音が遮られているため、ヒアリングを使っていわゆる盗み聞きとやらをしたわけだが、


 あれは尋問というより、明らかに性犯罪だ。


 発情しているのが見てすぐわかる。


 姉(サーラ)の方の胸を触ってんじゃねーかよ。


 しかも、年端もいかない小さな妹(リナ)の下半身にもいやらしい視線を向けている。


 捉えたエルデニア辺境村出身の人族の姉妹(リナ、サーラ)を数日間安定させてから、村に関するいろんな情報を聞くようにと、頼んでおいたが、これはひどい。


 姉のサーラは妹のリナを抱きしめたのち、捜査官のいやらしい手つきに青白い顔をして怯えているのだ。


「クッソ……あのやろう。転生前のことを思い出すだろ」


 森崎裕一郎としての俺が超ブラック企業で経理社員として搾り取られた時、俺を散々いじめていた経理部の部長と、あの捜査官は見た目的にも中身も似ている。


 クッソ部長め……


『これは君にとっていい経験だ』という常套句を用いて、部長ご自身の仕事も押し付けてきて、ちょっとでも失敗したら、まるで気狂いのように怒ってたよな。


 しまいには、あのくそ部長、パートの女の子にセクハラしちゃったしよ。


 権力を傘にきる部長のことだ。


 セクハラ事件は隠蔽され、その女の子は泣き寝入りし、精神的に相当病んだ末、結局パートの仕事を辞めた。


 俺は、その女の子を守ってあげられなかったんだ……


 あの時の女の子にセクハラしていた部長の顔と、この捜査官の顔は全く一緒だ。


 ツノさえくっつければ瓜二つだ。


 これは血が騒ぐぜ。


 俺は小さく唱える。


「強化……」


 すると、俺の足を橙色の光が包み込む。


 力が漲ってくる。


 魔王は力属性を持っている。


 この強化はそんな魔王の強力なスキルのうち一つである。


 俺は取調室のドアを蹴り飛ばした。


 分厚いドアは凹んだのち、勢いよく飛ばされてゆく。


「「「っ!!!」」」


 突然すぎる俺の登場に3人は目を丸くして驚く。


 俺は素早く、中年捜査官のところへ行き、やつのお腹に蹴りを入れた。


「ほげっ!」


 そしたら奴が奇声を上げて勢いよく飛ばされ、壁に突き刺さる。


 すっげ……


 手加減してやったのに、壁に突き刺さるほどのパワーが出るのか。


 魔王の力ってすごいな。

 

 おっと、今自分の力強さに感嘆している場合ではあるまい。


 俺はいつもの魔王のごとく、傲慢で怠惰でなめ腐ったような視線を捜査官に向けて近づく。


「いたたた……魔王様、これは一体……」

 

 呻き声を上げる中年捜査官に、俺は首を掴んで持ち上げる。


「女の子に手を出したら、許さないってイゼベルを通して伝えたはずだが」

「っ……」

「加えて、尋問するときは、なるべく紳士的に接するようにと言ってある。なのに、さっきのあれはなんだったんだ?はあ?」

  

 俺は殺す勢いで手に力を一層入れる。


「も、申し訳ございません……でも、相手は貧乏な人族です。本来ならとっくに性奴隷になってもおかしくない立場にございます。なので、別にこれくらいは許される範囲だと判断した次第で……うっ!」


 俺は捜査官を地面に叩きつける。

 

 それから俺はやつを見下ろして問うた。


「貴様、ラハクセって名前だよな?」

「うう……はい……」

「子供はいるのか?」

「……娘が一人ございます」


 苦しむ捜査官(ラハクセ)に俺は実に魔王らしく傲慢な顔で説く。


「一人娘か、目に入れても痛くないほど愛くるしいだろうよ」


 と、一旦切って、俺はため息をついた。


 そして、

 

 悪役らしくほくそ笑みながら言う。


、お前は許してしまうのか?」

「っ!!そ、それは!!断じて許さない!!」

「ほお、人族の娘は良くて、お前の娘はダメか。実に素晴らしい論理を持っているな。ラハクセ」

「……」

「こんな自分勝手な奴に、これから繁栄してゆく我がデビルニア王国の捜査官を任せるのは危ないと見た」

「っ!魔王様!お願いします!クビだけは……」

「ほお、この期に及んでもお前は既得権益を死守しようとしてるのか?」

「っ!!」


 奴は意表を突かれたように目を見開く。


 俺はすかさず言う。


「自ら捜査官を辞めますって言ってもギリギリ許されるレベルだが、お前はあくまで自分の権力と地位に縋りつこうとするのか……」

「……」

「お前の権力はどこからくる?」

「そ、それは……魔王様でございます」


 俺は倒れているラハクセの額に人差し指を当てながら宣言する。


「お前は俺に叛逆したになった」

「え?」


 俺は後ろを振り向いて大声で言う。


「聞こえるだろ!早くこの不埒者を捉えて牢に入れろ。地獄の苦しみを味わってもらうぞ」


 俺が命ずると、取調室の外で待機していた護衛数人がやってきてラハクセの身柄を拘束して監獄へ連れて行く。


 ラハクセを連れて行く護衛は、俺の顔を見て非常に恐れているようだった。


 まあ、俺もそこまで鬼畜じゃないんだ。

 

 更生の余地があるかもしれないから、経過を見守ろうではないか。

 

 更生できないなら殺すが。

 

 それにしても、結構醜い姿を二人に見せてしまったな。


 転生前のクズ部長を思い出したから余計に俺も感情的になったと思う。


 まあ、ラハクセと部長がクズの極みであることは事実だがな。


 俺は気を取り直すべく、咳払いを数回してから口を開いた。


「すまない。醜いところを見せてしまった。全て俺の不注意が招いた結果だ。不快な思いをさせてしまった点については謝ろう」


 と、俺は妹のリナと姉のサーラに頭を下げる。


 俺を軽蔑したりしないだろうか。

 

 それとも、恐れをなして俺を嫌いになったとか。


 そんな不安が渦巻く。


 が、


「か、か……かかか……」


 妹のリナがちっこい体を震わせながら何かを言おうとしている。


 か?


 顔怖い?


 かああああって泣く?


 (家に)帰りたい?


 そんな否定的なセリフが脳内で自動再生される中




!!!!!!!」




 と言って小さなリナは俺に抱きついた。


「ふえ?」



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