第4話 真っ二つになった手紙

 真っ二つになった手紙を呆然と眺めながらアリアはその小さな口を開いた。


「ライト……これは一体……」


 驚くアクアは深海を思わせる瞳を揺らして動揺する。


「アリア様、取り乱してしまい。申し訳ございません」

 

 すぐ我に返った勇者ゼン・ライトは頭を下げる。


 長い前髪も一緒に垂れるが、長すぎるため勇者の目は見えない。


 頭を上げたライトはアリアを見て話す。


「こんな胡乱な手紙を気にする必要はございません。きっとこれは我々人族を混乱させるためのものです」

「そ、そうかしら……」


 物憂げな面持ちで視線を外すアリア。


 そんな彼女にライトは近づく。


「はい。魔王はとても狡猾なやつです。暴虐のかぎりを尽くし、我々人族に甚大な被害を与える悪の根源。だから、やつの話を聞くべきではございません」

「……でも、これ以上戦争を続けたら、民草は疲弊し、私の王国は衰退の一途を辿ることになるわ」


 アリアは今にも泣きそうに目を潤ませるが、痩せ我慢と言わんばかりに口をキリリと引き結んで勇者の顔を見つめる。


 いつまでも凛々しくあろうとする彼女だが、瞳には憂いという感情が混ざっているように思える。

 

 そんな彼女の顔を見てライトは優しい声音で言う。


「アリア様は3年前、ご両親を暗殺されてすぐ女王になられました。悲しむ間も無く民のためにずっと頑張っておられたことを、僕は誰よりもよく知っています」


 ライトに言われたアリアは、頬をピンク色に染めて目を逸らした。


「誰よりも……ね」

「はい!誰よりもです。あなたに初めて会った5年前から」

「……」


 真っ直ぐな視線を向けてくる(目は見えないが)彼に、アリアはドレスの太もものところをぎゅっと握り込んで、恋する乙女のように言う。


「本当……あの時はびっくりしたわよ。私が風呂に浸かっている時にいきなり空から飛んできたもの!」

「あはは……それは事故と言いますか」

「……わかっているわよ。私の民を悩ませるワイバーンを討伐していたんでしょ?」

「そうですね」

「任務の途中だったとはいえ、王女を襲った男は問答無用で死刑よ!」

「あの時は、本当にヒヤヒヤしました……」


 後ろ髪をガシガシするライトにアリアはぷんすか怒って、ライトの胸当てを軽く叩く。


「ひやいやしたのは私の方よ。男に裸を見られたのは……初めてだったから」

「……」

「だからね、前々から言っていることなんだけど、この戦いが終わったら、責任取ってもらうんだからね!ふん!」


 ふいっと顔を横に向けるアリアは。


 さすがツンレデヒロインというべきか、彼女がツンツンしている姿はとても魅力的で男心をくすぐる何かを感じさせる。


「……」


 ライトはしばしアリアの可愛い反応を見たのち、跪き、彼女の右腕を両手で掴む。


「ライト…… 」

「アリア王女殿下」

「二人きりの時は王女殿下はいらないわよ……いつも言ってるでしょ?」

「……アリア」

「私……私……」

「なに?」

「不安なの……辺境にある村も一部魔王に占拠されちゃったし……」

「大丈夫。僕がそばにいるから」

「本当に?」

「ああ。一緒に悪の根源である魔王・アークデビルを倒して本当の幸せを手に入れよう」

「幸せ……本当に訪れてくる?」

「きっと訪れるよ。

「……」


 憂い顔をするアリア。


 そんな彼女の手を自分の両手で丁寧に揉むライト。


 アリアはライトの手つきに動揺しつつ、顔を赤く染め、小さな声でいうのだ。


「ライト、あなたを信じるわ……魔王アークデビルを倒しましょう」


 彼女の返事に大変満足した様子のライトは立ち上がって、明るい表情で言う(目は前髪に隠れて見えないが)。


「……」

 

 彼の言葉を聞いてアリアはしばし無言のまま立ち尽くす。


 それからターンと踵を返して口を開く。


「話はこれで終わり!ありがとね」

「それじゃ、僕はこれで失礼するよ」

 

 と、彼も踵を返すと、アリアは後ろを向いたまま、頭だけ回してライトをお横目で見る。


 彼女は目を細めつつライトにジト目を向けた。


「勇者としての仕事もあるけど、他の女の子にあまり優しくしないこと!」

「ふふ、わかったよ」


 言って、勇者は執務室から立ち去る。


 一人取り残されたアリア。


 彼女は自分の青色の髪をかき上げてさっきのやりとりを思い出すのだった。


 彼の優しい言葉、息、手の感触、そして……


 そして……




!!!!!』




「……」



 執務室には、彼女の息遣いしか聞こない。


 下には勇者ゼン・ライトが切り裂いた魔王の手紙が置いてある。



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