Roaring 54. あたしたちには、もう……ちんちんを叩くことしか……


「さあ、最後はあなたよ、エミリー」

「そ、そうね……」


 ゴクリと唾を飲み込み、エミリーがダーティに近づいた時、扉が開いてラブクラフト兄妹が顔を出した。


「やや、やあ、ダーティ! お見舞いに……あ、ああ、みなさん、おそろいで……あっ、あの、すみません……」

「いつもなんだかんだタイミングの悪いお兄様も好き!」


 三人にじっと睨まれ、尻ごみする兄の背中をポンと叩いて、妹はペコリと頭を下げた。


「ダーティさんを目覚めさせるためにそれぞれ口づけをして、次は大家のエミリー・ハドソンさんの番だったんですよね? ドキドキの空気感をお兄様がぶち壊してしまって、ごめんなさい。悪気があった試しはないんです」

「えっ、なにこのすごい的確な状況判断をしてくる子……てか、初対面なのに名前……」

「みなさんのことはよくよく知ってますよ。さ、私たちには構わず、キスの続きをどうぞ」

「え、ええっ……」


 四人が見守る中、エミリーは再び眠り王子様に向き直る。血が頭に昇り、ドキドキと心臓の鼓動が高まっていく。唇を尖らせ、そして――


「…………。……で、できるかーっ!」

「……ぶっ」


 顔を真っ赤にしたエミリーは、途中で顔を逸らし、反射的にベチンと顔面を叩いた。


「大体、キスなんて絶対効果ないでしょ! こんな雑にファースト・キスを奪わせてたまるもんですか!」

「でも、今、顔を叩いた時に反応がありましたよ。ぶって吐き出したように感じました」

「やっぱり刺激かしら。男って刺激に弱いとよく聞くし……。こうなったら、最終手段ね」

「最終手段?」



「決まってるじゃない。ちんちんを叩くのよ」



「「「――えっ!」」」


 そのあまりの内容に、一同に衝撃が走る。直後、さすがに見かねたH・P・ラブクラフトがダーティを庇うように大きく手を広げて間に割って入った。


「だだだ、ダメです! そそそ、それはさすがにダメですよ、デイジーさん!」

「どきなさい、ラブクラフト。もうこれしか方法が残されていないの。あたしたちには、もう……ちんちんを叩くことしか……」

「い、いや、ダメですよ、なに言ってるんですか、それだけはダメですよ!」

「なんでよ。十中八九、これをやれば男は飛び上がって目覚めるわ。今まで叩いてきたから、この方法に間違いないの。……大丈夫。あたしがやるわ。十字架は、あたしが背負う」

「デイジーさん……」

「察してちょうだい。元カレのちんちんを叩かないといけない女の気持ちを……」

「…………」


 ラブクラフトはぐっと拳を握り締め、短く息を吸って「ダメです!」と強く言った。


「この場にいる男は僕だけだ! お、恩人として、なにより同じ男として……ぼぼ、僕には、ダーティさんのちんちんを守る義務がある!」

「お兄様……」


 成長した兄の姿を見て不覚にも感動を覚えたルルイエは、そのまま横に立って加勢する。


「私もお兄様と同意見です。一緒にちんちんを守りましょう!」

「ルルイエ……ありがとう」

「いえ、ダーティさんは私たちの恩人ですから」


 ダーティの股間を守るために立ち上がった二人に、アメリアとエミリーも賛同する。


「そ、そうですよ! ちんちんにはもっと優しくしないといけないって前に教わりました!」

「そ、そうよ、壊れちゃったらどうするの! ……というか、デイジー。あんた、もう普通に起こすのが面倒になって簡単に叩き起こしたいってだけなんじゃないの?」

「…………」

「「「図星!」」」


 劣勢と見るや否や、デイジーは腕を組んでふんと鼻を鳴らしてみせた。


「なによ、あんたたち。そんなにダーティのちんちんが大事なの? 簡単に刺激が与えられるなら、そうした方がいいに決まってるじゃない。大体ね、〈美女ホイホイビューティフル・キャッチャー〉なんてアホなことやってた男のちんちんなんて、叩いても壊れやしないわ。むしろ、あたしが腐った性根ごとちんちんを叩き直してやるのよ!」

「いや、その気持ちはわかるけど……。でも、さすがにそれは……」


 なんとか宥めようとするエミリーの横で、アメリアの脳裏にはっと一つの考えが浮かんだ。


「刺激と言えば……一つだけ試してないものがありました」

「えっ、なに?」

「ダーティさんお仕置き用魔法の〈裁きの雷〉です。私は雷がちょっと苦手なので、今まで一度も食らわせたことがなかったのですが……」


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