Roaring 55. やっちゃいなよ、ダーティ。そんな行政サービスなんか。
「もう虫になりたい……俺、虫でいい……」
最近、顔に大きな黒い隈を作った同僚は「虫になりたい」を口癖にしている。先ほどから隣の机の書類の山が減っていないことに気づき、社畜ダーティはそっと肩を叩いた。
「どうした、ザムザ。大丈夫か?」
「だ、ダーティ……もう、俺疲れちまったよ……。どうして、こんなことになっちゃったんだろうな……こんな、こんな誰も得しない制度のために……」
「俺も知らんわ!」
「あ、ダメだ……これ以上、過労がたまると虫に……いや、虫でもいいか、もう……」
「お、おい、ザムザ! しっかりしろ、ザムザ! 健康第一だぞ! まずは休め、休んでからでいいんだ、グレゴール・ザムザあああああああ!」
同僚はキャスター付き椅子の上で黒ずんだ繭になってしまった。ダーティは立ち上がって周囲のデスクを見回すが、同様の繭が至るところに転がっていた。
「くっ、こんな……こんな不条理な……」
最近、ナイトメアランド政府が導入した、わかりにくい上に小規模事業者にはデメリットしかない〈名状しがたい声〉制度のせいで、担当部署はてんやわんやの大騒ぎだった。
制度の導入によって職を失うことになった零細事業者たちが暴徒と化して銀行や行政機関を襲い始めたことで、役場の入口にはバリケードが張られ、さすまたを装備した職員と暴徒との戦いが繰り広げられている。
しかし、それでも公務員たちは休むことを許されない。この有事でもはや人手不足が取り返しのつかない状況にあっても、処理すべき案件が山積みなのだ。
「くっ、ここは死役所か! 大体、なんで俺はこんなところで働いて……」
直後、脳裏に電流が迸り、ふっと天啓が舞い降りた。聞き慣れた男の声がする。
――やっちゃいなよ、ダーティ。そんな行政サービスなんか。
その瞬間、脳裏に鳴り響く『アナーキー・イン・ザ・USA』のギター・イントロとともに、ダーティは首に下げた名札を引きちぎり、それからノートパソコンを叩き壊した。
「おい、ダーティ貴様! 公僕の分際で支給品を壊すとは何事だ!」
「うるせー、知ったことか馬鹿野郎! くそっ、俺としたことがすっかり洗脳されてたぜ……俺はな、役場全般が大嫌いだったんだよ!」
「おい、警備員だ! 警備員を呼べ!」
「うるせー、死ねぇええええええ!」
「うぎゃああああああああああ!」
覚醒したダーティは襲ってくる主任ごと役所を木端微塵に吹き飛ばした。ぐっと両足に力を込めて跳躍し、炎上する町を見下ろして税務署と裁判所の方角に向けて、何発か戦略級魔法をぶっ放す。灼熱の火球が生まれ、暴徒ごと〈名状しがたい声〉制度を飲み込んだ。
この数か月間で蓄積されたストレスは、地方都市を丸ごと消し去るのに充分だった。
「さて、これからどうするか……」
「相変わらずいい働きぶりだね、オールド・スポート。そろそろ帰るかい?」
「……ああ。そうだな。もう労働の真似事は充分だ……ぐすっ」
背後からかかった声に、ダーティはゆっくりと振り向いた。その懐かしい顔を見て、思わず感極まって泣きそうになったが、なんとか顔には出さなかった。
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