Roaring 40. 愛と狂気だけが友達さ


 八歳の時に精神病の父が亡くなった。僕には父の記憶がないと言っても差し支えないだろう。三歳になった頃にはすでにアーカムの精神病院に入院していたし、交わした言葉も、顔すらもほとんど覚えていないのだ。

 僕は母に育てられた。最初は優しかったけど、次第に精神を病んでいった。僕は生まれつき身体が弱かったから、外でもほとんど遊べなかったし、友達と呼べる人たちもいなかったから、そのせいだと思う。母が死んだのは僕のせいだ。僕が母を殺した。

 幼い頃の記憶はないけど、毎夜ごとに悪夢にうなされていたのは覚えている。酷い夢を見た。海上に立ち並ぶ神殿や、森の奥深くに隠された先住民の村、あるいは誰も立ち入ることのできない南極山脈の中の洞窟……僕は一人でそこにいて、いつもなにかに襲われてきた。


 ……でも、いつも死にそうになると、その度にルルイエが助けてくれたんだ。


 ルルイエは僕の手を握って、正しい道に導いてくれた。僕はルルイエを愛している。僕はルルイエとともにある。母さんが死んだ時、精神がおかしくなって、自ら命を断とうとした時にも、決まってルルイエは助けてくれた……ルルイエは……ああ、やめてくれ。

 だけど、いつも疑問に思っていることがある。なるべく考えないようにしていた。でも、違和感は膨らんでいった。記憶の中のルルイエはいつも同じ姿なんだ。ルルイエは成長しない。なぜだろう。そのことは聞いたことがないけど、きっと聞いちゃダメなことなんだ。

 ルルイエは僕の妹で……僕の絶対的な味方で……ああ、ダメだ。考えるな。考えちゃダメなんだ。ああ、助けて。助けて。助けて。もっとも恐ろしい恐怖――頭の中の疑問が、ルルイエに対する裏切りが、僕の精神をバラバラにしてしまうよ。ルルイエ。僕を一人にしないでくれ。誰か助けて。助けて。助けて……。



――歪な愛だね。まったくもって、僕好みだと言うしかないじゃあないか。



 闇の中から聞こえてくるこの声は誰だ。一体、君は誰なんだ。僕には何も見えない。


――オールド・スポート、僕は闇をさまようものさ。地下室に潜むものであり、墓地に潜む名状しがたいもの。あるいは混沌そのもの。惑星を渡る風に運ばれてくる狂気に乗って飛ぶ血まみれのコウモリ……夢の土地の守護者……魔王アザトースの化身……ああ、そうなんだ。まったく、みんなが後からポンポン設定を追加していくもんだからさ……いや、本当。冗談ではないぜ。複数の世界線に跨るって……やれやれ。やんなっちゃうよね。もうめげるしかないじゃないか。


 それって一体……言っている意味が……ああ、宮殿だ。なんだあれは、闇に生まれた一筋の……光の柱……。


――H・P・ラブクラフト……愛と狂気だけが友達さ。そして、僕は君の親友だ。僕はね、お前を讃えたいんだ。この世界では所詮、一介の研究者だが、別の世界ではとんでもない創造主なんだぜ。多分だけどね。さてさて、オールド・スポート。無数の物語がごった煮と化したこの魔法世界において、君はどんな役回りを演じたい? 僕は君の意思を尊重する。尊重してあげるのも、たまにはいいだろう。


 決まっているよ! 僕は兄貴だ。ルルイエを助けたい! 僕はこの身に変えても愛する妹を守る! そのためだったら自分がどうなろうと構わない!


――わかるよ、ラブクラフト。その歪ながら力強い感情。原動力。共依存というか、狂気の愛というか……まったくもって、妹ってのは最高だよね?


 ああ、力が……力が流れ込んでくる……なんだ、なんだ、この力は……。


――この夜だけの出血大サービスだ。君たちの兄妹愛に……今宵、全米が涙する! はず!


 ああ、そんな! こんな……。うっ、うお、うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!



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