若きラブクラフトの悩み
Roaring 16. H・P・ラブクラフト
今日も今日とてダーティ・H・ポッターはごろごろしている。洗濯物を干し終わって戻ってきたアメリアは、ソファーに寝そべってたばこをくゆらせながら、ぼーっと退屈そうに新聞を読んでいる男を見て、はぁーっと深いため息を漏らした。
アメリアは窓を全開にして室内に風を通すと、師匠(仮)の枕もとに仁王立ちになった。
「……ダーティさん、仕事はしないんですか?」
「今やってるところだろ。探偵に必要な情報収集をよ」
「…………。……あの、ダーティさん」
「なんだ?」
「たばこって体に毒なんですよ。知っていました?」
「まあそれなりにな。でも、たばこってのは植物由来だから、一概には言えないんじゃないか。精神健康上、吸わない方がもっと毒だ」
「屁理屈!」
アメリアはさっと杖を抜いて、「
「今日から禁煙ですからね!」
「な、なんだと!」
弟子が発した突然の強制禁煙宣言に、ダーティは目を白黒させた。
「おいおい、それはいくらなんでも……」
「これは預かります。働かない男にたばこを吸う資格はありません!」
「こ、この弟子……」
「――そうよ、よく言ったわ。まったくもってその通り!」
突然、玄関の扉が大きく開け放たれ、明るいライトブラウンの髪をフレンチ・ボブに切り揃えた活発そうな女性が、青いワンピースの裾をひるがえして颯爽と部屋に踏み込んできた。
それを見て、ダーティは反射的にしゃきんと背筋を伸ばし、軍隊式に気をつけの姿勢を取る。
「や、やあ、ミス・ハドソン……ご機嫌いかが?」
「上々よ。あんたが今月分の家賃を払ってくれたら、もっとよくなると思うわ。……ちゃんと仕事してるんでしょうね?」
「も、もちろんだ。ただ、本当に残念なんだが、最近は依頼がなくてな。ほら、探偵ってのは待つのも大事な仕事で……」
「――そういうと思って依頼人を連れてきたわよ。ちょうど、来る途中で道に迷ってたみたいだから車に乗せてあげたの。あたしが気が利く大家でよかったわね?」
「……お、おうおう」
逃げの一手を大家に先んじて封じられ、ダーティは口をパクパクさせた。
エミリーはアメリアにくるりと向き直ると、にこりと笑顔を浮かべて手を差し出した。
「あなたがアメリアちゃんね。初めまして、大家のエミリー・ハドソンよ。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
若干呆気にとられながらも、アメリアは頷いてその手を握った。
「話はデイジーから聞いてるわ。庭も部屋もきれいになって見違えったわ」
「いえ、こちらこそ、部屋を貸してくれてありがとうございます。その、獣人だと、借りれる部屋も限られるので……」
「遠慮しなくていいのよ。いい子ね。小さいのにしっかりして……なにか困ったことがあれば、いつでも力になるからね!」
「はい!」
初対面ながら通じ合う二人に、ダーティはさらに居づらさを感じてしまう。「あ、そう言えば、俺、ギャツビーと昼飯食う約束があったな~」と呟くように言って、こそこそと逃げ出したところで、エミリーの後に続いて入ってきた依頼人が前に立ち塞がった。
「ややや、やあ、久しぶり。おお、オールド・スポート!」
「ん? 誰だ、お前」
たどたどしくギャツビーの口調を真似る男の格好は、まるでユダヤ教徒か葬式の参列者のような黒づくめだ。ダーティは眉をひそめた。
「んー、どっかで見覚えが……」
「ラブクラフトさんですよ。ほら、先日のパーティーで会ったじゃないですか」
「あー、パルプ・フィクション作家とか言ってたっけ」
「ここ、これ、お土産。前に言っていた、僕の小説が掲載された号のウィアード・テイルズ」
「ああ、サンキュー」
ラブクラフトは海賊船から飛び降りさせられそうになっている男が描かれた、不気味な表紙の雑誌を鞄から取り出して渡すと、エミリーにくるりと視線を向けた。
「ふひひっ、もう一冊あるので……ハドソンさんも、よければ」
「わ、わあー、嬉しいわ。ありがとう……」
少し引き気味のエミリーは苦笑いしつつ、絶対に読むことはないであろうパルプ雑誌を受け取った。
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