Roaring 14. 真夏の夜の宴
「腹減った! ……もういくぞ、準備はできたか、アメリア!」
「待ってください! ダーティさん、タキシードの蝶ネクタイを忘れてますよ! ちょっと、動かないでください……はい!」
「おう、悪いな」
デイジーとの買い物の際に買ってもらった真っ赤なドレスを身につけたアメリアは背伸びをしつつ、屈みこむダーティの首もとに蝶ネクタイを巻いた。
その夜、腹ペコの二人は件の『狩り』に備えて盛装に着替えていた。狩りとは他でもない、毎週金曜日にギャツビー邸で開かれる社交界への参加だったのである。
「寝ぐせついてますよ。ワックスは?」
「いらん。それより腹減った。さっさと行こう」
「もう、まったく!」
アメリアは軽く杖を振って師匠の髪の毛を整えた。
準備ができると、『持ち帰り用』の大きなリュックサックを背負った二人は、箒に乗って沈みかけの夕陽に照らされた薄暗い湾を横切り、対岸のウエスト・エッグに降り立った。
庭の草を刈り揃え、真新しい白ペンキを塗ったので、遠くから一瞥すれば、そこそこの見た目にはなったとはいえ、ダーティ魔法探偵事務所はやはり他の屋敷と比べるとボロ屋同然で、とくに対岸のジェームズ・ギャツビーの大豪邸とは雲泥の差があった。
次第に幕が下ろされていくような黄昏の中で、次々に色を変える魔法仕掛けの花火が打ち上がり、電飾が幻惑魔術のように屋敷の輪郭を浮かび上がらせている。ニューヨークの夜景はとくにきらびやかなことで知られているが、ギャツビー邸で夏の夜な夜な催される社交パーティーは、ブロードウェイのそれを遥かに上回る華やかさがあった。
大理石造りの大きな車止めの前には、グリフォンや
その顔ぶれも豪華絢爛で、有名な政治家はもちろんのこと、アメリカ魔法界を代表する魔法使いや魔導科学の著名な研究者、大企業の社長、映画スターや新進気鋭のアーティストなど、まさに現代のアメリカを代表する人材の宝石箱と言っても過言がないほどだった。
中には
「す、すごい……こんな格好でいいんですか!?」
「気にするな。別にパーティーが目的じゃない」
ダーティは周囲の視線を気にする素振りもなく庭を突っ切り、中心に置かれたビュッフェのテーブルに直行した。少し遅れて箒を抱えたアメリアが続く。
ダーティは臆面もなく大皿を二、三枚確保すると、その上にスパイス焼きのハムやロースト・ビーフ、
「むぐむぐ……目的は……もぐもぐっ、食糧調達だ。むぐむぐっ……胃袋に……んっ、ごくん……詰め込むことに、集中しろ」
「食べながら喋らないでくださいよ!」
しばらくの間、二人はただひたすらに豪華なオードブルをがっついた。皿を空にする度にすぐに新しい料理が補充されていく。
「アメリア、水取ってくれ」
「はい。あ、ちょっと待ってください。今、コップに」
「いらん。ボトルごとよこせ。……げぷっ」
充分に腹が満たされると、ダーティはリュックサックから持ち帰り用のタッパーを取り出し、料理を隙間なく補充していった。アメリアも見よう見まねでお気に入りの料理を取っていく。これが次回の狩りまで食つなぐための命綱になるのである。
「アメリア、腹いっぱいになるなよ。まだデザートが残ってるぞ」
「まだ食べるんですか?」
「当たり前だ。牛乳とジャムとバターと……あと、『質に入れる用』の高級酒も何本か頂戴するからな。本当は浮遊魔法で海峡の上を飛ばして直接運びたいぐらいだ」
「業者ですか!」
「……おやおやおや~、今日も今日とて
両手を広げて二人に近づいてきたのは、顔見知りらしい金髪碧眼の美青年だった。
ダーティはステーキを租借しながら、口を尖らせて悪態をつく。
「うるせーぞ、ドリアン・グレイ!」
「ダーティ・H・ポッター様、ご到着~!」
かちっとした三つ揃いのスーツに身を包んだ英国人錬金術師――ドリアン・グレイは、シャンパン・グラスを掲げて、
「えっ、ドリアン・グレイって若返り薬の?」
「お見知りおきいただき、ありがとう、獣人のお嬢さん。ダーティの連れかい?」
「弟子だ」
「弟子! はっ、まさかギャツビーが言ったことを本気にしたとは思わなかったぞ。それも、人間じゃなくて、こんな
「――侮辱はよせ。ぶっ飛ばされたいのか?」
ダーティに低い声で警告され、ドリアンはそろそろと降参の手を上げた。
「あ、いや、そうだな。……不快に思ったなら謝るよ、お嬢さん。すまなかったな、つい癖で」
「い、いえ……」
「いいから、とっとと消えろ。しっし!」
「ちょっと待てよ、お前を紹介して欲しいって奴がいるんだ。おい、ラヴィ! こっちだ!」
ドリアンが手を振ると、テラスの柱の影から、黒いスーツに身を包んだ顔色の悪そうな男がにゅっと顔を出した。男は一同の視線を受けて、さっと顔をひっこめる。
「おい、なにしてんだ! こっちにこいよ!」
「ん、うん……」
人見知りなのか、男はドリアンに手招きされて、こそこそとネズミのように近づいてきた。
「ど、ども……ラヴィこと、ラブクラフトです……よ、よろしく」
「根暗な奴だな。何者だ?」
「ハワード・フィリップス・ラブクラフト。古代闇魔術の研究者で、アメリカが誇るべき作家先生さ。今は『ウィアード・テイルズ』なんかで書いてる」
「パルプ・フィクション(4)じゃねぇーか」
「ほら、あれだよ。
「知らん。なんだそれは」
「あ、あの、僕もまだ明確にはてて定義できてないんだけど……ほら、今までの恐怖小説ってゆゆ幽霊とか、妖怪とか……そそそ、そういうのばっかりだったじゃないか。科学的なものとオカルトって対立しがちだと思うんだけど、この魔導科学全盛の時代にはちょっと古いんじゃないかと思うんだ。一神教のキリスト教では『神』が唯一絶対の超常的存在だけど、それよりも目に見えて大きな存在があるじゃないか。それが、宇宙だよ!
突然、めちゃくちゃ早口で喋り出したラブクラフトに若干引きつつ、ダーティは宥めるように頷いて言った。
「ま、まあ、よくわからんけど、面白そうだから今度読んでみるわ。本貸してくれ」
「……ふひひっ、あざす」
「――なんだ、もう来ていたのか。オールド・スポート!」
その時、金のボタン飾りの付いたタキシードを着たギャツビーが、バルコニーの階段の上から目ざとく声をかけた。緑色のカクテルが入ったグラスを掲げ、ひらひらと手を振る。
「ウェルカム・マイ・パーティー! アメリアちゃんも、来てくれて嬉しいよ」
「お久しぶりです。この度はご招待いただきありがとうございます」
「はははっ、じつは誰一人として招待してないんだけどね。ダーティを含めて、みんな勝手に連れてきちゃうんだよ」
「えっ、そうなんですか?」
「そうだぞ。じつはみんなタダ飯&タダ酒と食糧調達が狙いだ」
「それはさすがに君だけじゃないかな?」
ギャツビーが呆れて言った時、突然、ラブクラフトから「ひっ、ひぃ!」と悲鳴が上がった。
「あくあく……あわわわっ……ほほほっ、本物! 初めて見た!」
「おや、
「ひっ、ひぃ~!」
ギャツビーがニヤリと笑みを浮かべて手を差し出すと、ラブクラフトは声にならない叫びを上げて一目散に逃げ去っていった。
「なんだあいつ。人見知りにもほどがあるだろ」
「まあ、緊張しても仕方がないですよ、この〈
「うるせー奴だな」
ギャツビーは三日月のような笑みを浮かべて、グラスをぐいっと飲み干した。
4)パルプ・フィクション パルプ紙を利用した安価な大衆向け雑誌のこと。いわゆる「三文小説」が多く掲載され、世間的には質が低く低俗な読み物であるという認識が強かった。今でいう純文学に対する「なろう小説」的な位置づけ。一概には言えないけども。
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