Roaring 07. デイジー・クロウリー


「……んで、今日はなにすんだ?」


 朝食後(昼に起きるダーティからすれば昼食後)、本来ならば夕方頃まで午睡シエスタをとって怠惰に過ごすが、今日からその習慣が通じないことにダーティはため息を吐いた。

 結局、師匠と弟子との間で労働条件の話し合いが行われ、今後は三日働いて一日休むということが決定した。〈裁きの雷〉に打たれることになっても、ダーティはそれだけは認めさせた。世間一般的に行われている、土曜の午前中まで働いて日曜日だけが休日と言うのは前時代的な狂気の沙汰であるという考えを絶対に譲らなかったのである。


「まずは庭の草刈り、あとはペンキ塗りです。それから、事務所の片づけ。お客さんが来てくれるように、今日で全部ピカピカにしますからね!」


 一着しか持っていない野暮ったい面接服を脱いで、フリルのついた白黒のメイド服を着けたアメリアは、そう言って師匠に箒と鎌を押しつけた。


「その服、どこで見つけたんだ?」

「押入れの中ですよ。ちょっと大きいみたいですけど、着れないことはないので。あ、尻尾の部分に穴を空けましたけど……大丈夫でした?」

「いや、それは別にいいんだが。そうか……」


 飛ぶためのものではなく、本来の用途通りの掃除用具を受け取ったダーティは、なんとも言えない表情で、かつて元カノとのマンネリ防止のために五番街に買いにいって、実際に何度か使用・・したことがある思い出の衣装を見つめた。


「えっ、なにか変ですか? かわいい服じゃないですか」

「お前、他に服は持ってないんだっけか?」

「ないですよ。だから代わりの……」

「あとで買ってやる。だから、それは掃除の後で捨てろ」

「えっ、まだ使えるのにもったいない。高そうなのに……」

「いいから」


 ダーティは言って晴れ渡った空を見上げた。今日も今日とて天気がいいが、これからそれにともなって気温も上がるだろう。炎天下で汗まみれになりながら草刈り作業に従事することを想像して、早くもげんなりした。


「まったく、こんなところ、デイジーに見られたらたまらんな……」



「――あら、あたしのメイド服じゃないの。まだ持ってたんだ、懐かし~!」


 その時、背後から聞き慣れた声がして、ダーティはギクリとして振り返った。

 カーリーボブに切り揃えられた短い金髪につばの広い麦わら帽子、裾が膝下までしかないスカート、ノースリーブの色鮮やかなワンピースを着けた、いかにもおてんば娘フラッパー風の典型といった若い女の子――デイジー・クロウリーが、白い歯を見せて立っていた。

「ねぇ、覚えてる? よくやったわよね、主従プレ……」


「――うるさい!」


 デイジーの言葉を慌てて遮り、ダーティはしっしと追い払うように箒を突き出した。


「一体、何の用だ、デイジー!」

「やーね、久しぶりにギャツビーに会いにいって留守だったからついでに寄ったのよ。それで、ほら、〈美女ホイホイビューティフル・キャッチャー〉だっけ? 前に聞いた馬鹿みたいな罠魔法にかかりにきたの」

「かかりにくるなよ!」

「別にいいじゃないの~。ね、それよりこの娘かわいいわね、誰?」

「あー、その、なんだ、こいつは……」


 ダーティが答えに窮するのを尻目に、アメリアはきっぱりと言った。


「つい最近、ダーティさんの弟子にさせられました・・・・・・・、アメリア・ファーリス・イアハートです」

「あんた弟子とったの! 魔法使えないのに? 無能探偵の弟子ってわけ?」

「食ってかかるなよ、面倒くさい」

「あたし、デイジーよ。デイジー・クロウリー。こいつの、元これ」

「え、あっ、そうなんですか……」


 下品にも小指を立ててけらけらと笑うデイジーに、アメリアは曖昧に視線を彷徨わせた。


「ただの浪費女だよ。しょーもない」

「その浪費女のために破産してくれたんだもんね?」

「うるせーな、さっきからアメリアが反応に困って固まってるじゃねぇーかよ」

デイジーはアメリアに目をやり、屈みこむようにして視線を合わせた。

「あら、ごめんなさいね。でも、あなたも大変よねぇ~。こんなダメ男を相手しなくちゃならないなんて。というか、なんで弟子になったの?」

「騙されたんです」

「別に騙しちゃいねぇよ。お前から来たんだろうが」

「はー、まったく、相変わらず、汚い男ダーティね」

「はい。ですけど、今日からビシバシ働かせることにしました。成り行きとはいえ、〈魔法使い三原則ノブレス・オブリージュ〉は絶対ですから。結んだ契約をないがしろにしないように、私が魔法探偵事務所を立て直すんです」

「それがいいわ。男は働かせてなんぼよ」

「やりにくいな、まったく……」


 ダーティはため息交じりに頭を掻いて、それからふと名案が思い付いた。


「あ、そうだ、デイジー。お前どうせ暇だろ? こいつの服を一緒に買ってやってくれないか。動きやすい、普段使いのやつだぞ。キラキラした装飾とか、ブランドものとか、丈夫じゃない服はいらないからな」

「別にいいけど。お金は?」

「家賃もかつかつの俺に金があると思ってるのか? いつか返すよ。金がある時にな。それかギャツビーに立て替えさせてもいいぞ」

「はあ、まったく、仕方がないわねぇ」


 デイジーはため息を吐いて、アメリアの肩をポンと叩いた。


「じゃー、行きましょうか、アメリアちゃん。あたしがコーディネートしてあげるわ。ああ、魔術師だったら飛行魔法は使えるわよね?」

「使えますけど、私の箒は一人乗りで……」

「そんなの、バレなきゃいいのよ。クイーンズボロ橋まででいいわ。そこでタクシーでも拾いましょう」

「気をつけろよ、最近は獣人を狙った誘拐も多いみたいだからな。ボーっとしてたらそのまま南米とかに売られちまうぞ」

「大丈夫ですよ。逆に返り討ちにしてバミューダ送りにしてあげます」


 脅すように指を動かして言う師匠に、小さい弟子は胸を張って答えた。

 数分後、メイド服のアメリアと短いスカートのデイジーは、箒に乗って空に舞い上がった。少しふらついての飛行だったが、魔力制御に問題はなかった。ダーティのボロ屋敷はあっという間に小さくなり、すぐにマンハッタン島に続く立派な鉄橋が近づいてくる。


「ひゃー、やっぱり下がすうすうするわね。内履きでも履いてくればよかったわ」

「意外と慣れてますね。やっぱり、デイジーさんも魔法使いだったりするんですか?」

「ふふん。違うわ」


 デイジー・ウィーズリーは得意げに鼻を鳴らして髪に手をやった。その耳もとでルビーのイアリングがキラリと光る。


「あたしはね、『魔法使い使い』なの」


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