Roaring 08. 依頼人
「まったく、なんでこうアメリカ人ってのは芝生にこだわるんだろうな! 定期的にやるなら芝刈り機を買うべきか……。くそ、魔法さえ使えれば……」
ダーティが寝ころんで片手で草をぷちぷち千切っていると、イースト・エッグの丘を越えるようにして、道路の彼方から黒塗りのロールス・ロイスがやってきた。運転手が扉を開けると、パリッとしたブルックス・ブラザーズを身につけた隣人がひょっこり顔を出す。
「やあやあ、
「見ての通り、取り込み中だ」
「草刈りかい、せいが出るね。でも、寝ころんだままだと永遠に終わらないんじゃないかな?」
「ちょうどいいところにきたな、ギャツビー」
ダーティはぐるんと寝返りを打って、英国直輸入品のスーツを身につけた
目で訴えかけてくる男に、魔術師はふっと微笑を浮かべて首を振る。
「手伝わないよ、ダーティ」
「……まだ何も言ってないだろうが」
「アメリアちゃんに叱られるぞ。君が草刈りに腰を上げたということは、どうやら僕の見立て通り、彼女はいい働きをしているようだね」
「なにが、〈裁きの雷〉だ。ふざけやがって。契約書に変な条文を突っ込むんじゃない!」
「ふふん。君もダンバースで嫌と言うほど習っただろう? 契約書ってのはちゃんと最初から最後まで目を通すものさ。それに、あの娘が弟子になるだけじゃあ、それは弟子側にとって不利過ぎる。この条文に気づいた彼女の勝ちさ。それがフェアってものだろう?」
「どうだかな!」
ダーティは吐き捨ててチクチクする芝生の上に突っ伏して、チラチラと目をやった。
「あー、草刈りは楽しいなー、楽しいなー。これは金払ってでもやりたいな! こんな楽しいことは、他にない! おい、ギャツビー、頼むから邪魔しないでくれよ」
「いやいや、トム・ソーヤーじゃないんだからさ……」
ギャツビーは呆れたように言って、「まあ、いいか……」とスーツの懐から杖を取り出した。
それを見て、ダーティは元気よくばっと立ち上がる。
「俺にできないことを平然とやってのける! さすがは〈
「どういたしまして。君に依頼だよ、ダーティ。引き受けてくれるなら、代わりに君の仕事を片付けてあげよう」
「依頼人ってのは女か?」
「いや、ファミリーだ。コルレオーネ一家だね」
「やだ」
「そうかい。それは残念」
「うそうそ!」
杖を下ろすギャツビーに、ダーティはしぶしぶながら了承せざるを得なかった。
「畜生、イタ公め。マフィアがらみはいつも面倒なことになるから嫌いなんだ……。流血沙汰はなしだぞ」
「ご随意に。報酬は弾むそうだよ」
「割に合えばいいけどな!
探偵は庭の芝生のような無精ひげを撫でて、くるりと踵を返した。
「髭剃ってくる。草刈りとペンキ塗り、あと事務所の中も適当にきれいにしといてくれ」
「了解したよ、オールド・スポート」
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