番外編 1話 過ちを繰り返した私

 私・宮間みやま 紗由姫さゆきの高校生活が始まって、早くも一週間が経過した。



 クラスの皆は、毎日をわくわくした様子で、心の底から楽しそうに過ごしているのだけど……


 私はそんな様子を遠くから眺めつつ、それを羨ましいとさえも感じることができずにいた。


 ついこの前まではあんなに楽しみにしていた新生活も、今の私にはただただ退屈で、つまらない日常にしか思えない。


 この高校に入るために頑張って勉強したのも、随分と昔のことに感じられて。


 いつの間にか頑張り方さえも忘れてしまった私は、今日も授業中だというのにぼんやりと窓の外を眺める。満開だった校庭の桜の花びらが散っていくのを見て、はあ、とため息をつく。



 今朝、机の中に入っていた手紙。


 その内容は、校庭への呼び出しだった。

 多分、私への告白だろう。



 私はもう、同じ過ちを繰り返すことはしない。

 出会って一週間で告白してくる男に、ろくなやつなんていないことは、中学時代に学習したのだから。


 ―――なんて考えつつ、ろくでなしの私とはそんなヤツが案外お似合いなのかもな、とも思う。……いや、むしろこんなことを考えている時点できっと、考えなしに告白してくるバカより、私の方がずっと醜い存在だろう。


 そんな私にはそもそも、幸せになる資格なんてない。




♢♢♢




 私は、入学早々に再び、大切な人を傷つけた。


 小さい頃、よく一緒に遊んでいた航輝こうき美桜みお。そんな彼らに酷い言葉を投げかけたまま、私は謝ることをせずに転校した。


「美桜みたいなグズばっかり構ってないで、航輝こうきは黙って私についてくればいいのよ」


 なんであんなこと、言っちゃったのかな……


 私にとってはあの頃の日々が、1番大切な思い出だ。だから、父さんの転勤で以前の社宅に引っ越すことが決まったときは、本当に嬉しかった。小さい頃の幼馴染と、昔みたいに仲良く過ごせることを夢見ていた。

 ……でも、本当は、自分の心を満たしてくれる存在を探していただけだった。


 だから、久しぶりの再会で、私は大切な幼馴染の男の子の隣に、知らない女の子がいて、傍で笑っていることが許せなくて、そうしたら醜い感情でいっぱいになって。


 ―――嫉妬の気持ちが湧いてしまった私は、またしても間違えて。

 いよいよもって取り返しのつかないことをしてしまった。


 翌日、私は謝ろうと彼に近づいてみたけど、「もう二度と近づいてくるな」って言われて。


 彼に明確な拒絶の意思を見せつけられて、私の心はズタズタに切り裂かれた。

 ……けど、それもかつて私が口にした言葉と比べたら、きっとちっぽけな痛みのはずで。


 せめてこれ以上彼のことを傷つけないためにも、私は同じクラスにいる彼の視界になるべく入らぬよう、できるだけひっそりと過ごしている。


 彼のためを思って、目立たないようにしていると自分自身に言い聞かせてるけど……


 ―――そうすることで、もう謝らずに逃げられる、自分が傷つかずに済む、とか心の底では考えている自分が、嫌い。

 私はそんな身勝手で、自分自身を守ることばかり考えてしまうことを醜く感じつつも、変えられずにいる。



 気づけばチャイムが鳴って、授業は終わっていた。


 昼休みが始まってすぐに、私は校庭に向かう。

 手紙に記されていたのはもっと後の時間だったけど、今日は特に気分が落ち込んでいて、ご飯も喉を通りそうにない。

 特にすることもなく暇な私は、この居心地の悪い教室から早く抜け出したかった。




♢♢♢




 どれくらいの時間ぼんやりと過ごしていたのかわからない。

 けど、「宮間さん」と私を呼ぶ声がして、ふと前を見れば1人の男の子がそこに立っていた。


 少しバツが悪そうにしているけど、それは私のことを待たせていたと思っているからだろうか。だとしたら、本題も手短に終わらせてほしい。


 ……まあ、終わったところでこの後することがあるわけでもないのだけど。


「僕と付き合ってください」


 私より少しだけ背の高い彼が頭を下げる姿を見下ろしながら、私の心の中ではふつふつと不快な気持ちが膨らんでいく。


 そういえば、こんなやつが同じクラスにいたかもしれない。でも、私にとっては全く興味のない1生徒に過ぎない。


 私の机の中に手紙を入れてたってところで、今日の告白してくる相手はこの春からの新しいクラスメイトであると察しはついていたけど、だからといって私は彼に何の好意も抱くことができない。むしろ、その逆で……


 気づけば私の口は勝手に動いてた。


「はあ、キモ。うざ。会ったばかりで告白してくるようなやつなんてみんな、」




『死んじゃえばいいのに』


 ―――しかし、最後のその一言が漏れそうになったギリギリのところで、慌てて口を塞ぐ。




 私は、すぐに告白してくる男子が嫌い。どうせ、そんなやつは私の外側しか見てなくて、内側を気にかけてくれる人なんていないって知ってるから。

 だから、今の時間が早く終わってほしくて。


 ……だけど、『死んじゃえばいいのに』と零れそうになったとき、私の脳裏には好きだった彼の表情と言葉が浮かび上がった。



『何も謝らずに引っ越して行ったこと、ずっと覚えてんだぞ』


『もう二度と近づいてくるな』



 胸が締め付けられるような辛い気持ちが、こんなときにまで蘇ってくるなんて。


 ふと我に返ると、怒鳴った直後に急に黙ってしまった私のことを、恐る恐る顔を上げた彼がじっと見つめていた。



 やがて彼は、申し訳無さそうに私にこう言った。


「一目惚れ、だったんだ。だけど……ごめん。会ったばかりの僕なんかに告白されても、困るだけだよね」


 思いがけずに真っ直ぐな言葉をぶつけられ、胸がチクリと痛んだ気がした。


 ―――だから私は、肩を落として去っていく、名前も知らない彼の後ろ姿を最後まで見届けてみたけど、やっぱり私には彼に対して何の感情も抱くことができなかった。




♢♢♢




 午後のホームルームで、席替えが決まった。


 クラスが決まってたったの一週間で席替えは早すぎるように思えたけど、今の席はただ名前の順に並んでるだけで、新しいクラスメイトと親睦を深める意図はなかったらしい。


 あんなに傍に行きたかった航輝と、今では席が遠くなれば良いと考えている自分の変わり用に悲しくなりつつ、苦笑することで気持ちを抑え込む。



 ―――そして、くじの結果、隣の席になったのは知らない男子の名前で少しほっとしたのだけども。



 隣に目を向けると、そこには昼休みに校庭で話をした男の子がいた。



 彼は私に作り笑いを向けてくれたけど……どんな顔をすれば良いかわからない私は、ぷい、とそっぽを向くことしかできなかった。

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