番外編 2話 素直になれなくて
週明けの月曜日。
また、学校に行きたくない理由が増えた……
私に告白してきた男の子の、隣の席になってしまった。
折角、また窓際の席になれたのに。
現実から逃げるようにぼんやりと外の景色を眺めている間も、これからはずっと、あの男子からの舐め回すような視線を浴び続けなければならないと思うと、正直かなり憂鬱。
授業中に心を落ち着かせることすら許してくれないなんて、本当に神様は意地が悪い。
……なんて考えながら、航輝と同じクラスになるために全ての運を使ってしまったのだから仕方ないよね、と苦笑する。
勿論、そのチャンスを生かせなかったのは、私自身なわけで。
はあ、とため息が漏れる。最近は、ため息をついてばかりだ。でもこんな沈んだ気持ちが、私には相応しいものに思えて、どこかほっとしてしまう。性悪な自分が幸せじゃないことに、安心してしまう。
そして―――こんなときこそ、嫌なことは重なるもの。
下を向いたままカバンの中を漁る私だったけど、すぐに自分の失態に気づいた。
一時間目の古典の教科書がなかったのだ。
きっと、自室の机の上だ。
部活にも入らず、友達もいないせいで特にすることがない日曜日に、なんとなく思い立って勉強してしまった自分を呪いたくなる。
……どうせ、授業なんてろくに聞かないくせに。
素行の悪い私でいられたら気持ちは楽になるはずなのに、1人だとどうしようもなく寂しくて、悪いことすら何もできない自分が嫌になる。
古典の先生は初回の授業で、生徒に順番に教科書を読ませるって言ってたから、それができなければ怒られるのは確実なわけだけど。
もう、どうでもいいかな。
やがて諦めた私は、今更そんなことを気にする必要もないと割り切って、机の上に一切の物を置かずに、朝から窓の外を眺め続けることに決めた。
気づけばいつの間にか授業が始まっていて、私の番が少しずつ近づいてくる。
前の席の子がハキハキと教科書を朗読する。私もあんな風になれたらな、と思いつつ、そんな眩しさに目を背けた私の視界の端でわずかに動くものが見えた。
何かなと思い、目線だけをその方向に向けると……
隣の席の彼が教科書をさっと出してくれていたのだった。
そのことに気づいた私はといえば……
『あ、そういうことか』
と、すぐにピンときた。
彼は、ずっと遠くを見ている私の顔を、自分の方に向かせたいんだな、って。
恩を売って、好感度を上げる。バカな男子がすぐに考えそうなことだ。そんなことで私が感謝して笑顔を見せるわけなんてないのに。
だけど……絶対に私の顔色を伺っていると思った彼の目は、ずっと黒板の方に向けられていて。
彼の左手で抑えられた教科書だけが、ずりずりと自分の机に近づいていた。
『はあ、私の顔すら見れないような、ヘタレくんかあ。まあ、それはそれで別にいいけど』
私は心の中でそう呟きながら、とはいえ彼の恩着せがましい行為を無視するわけにもいかないので、その教科書に書かれた文を読んでいく。
それでも彼は、とうとう最後まで私の方を見ようとはしなかった。
結局、私は彼のお陰で助かったわけだけど、そんなことは望んでなくて。
チャイムが鳴り、モヤモヤした気持ちのまま二時間目の準備をするわけだけど、ここでもまた私は自分のミスに気づく。
数学だと思っていた次の時間は、授業変更で英語になっていたのだ。
……最悪。
もういっそのこと学校を帰りたい気分になる。
―――そもそも私は、なんで真面目に毎日学校に来てるんだろう。
こんなにつまらなくて価値のない時間を過ごすくらいなら、全部投げ出してサボってしまいたい。
そう思い、始業のチャイムが聞こえる前に教室を出ようとしてみたのだけど……
結局、臆病な私はそれすらもできなくて。
こんなときに限って、中学のときの、私に言い寄ってきたあいつを筆頭にした、クズな連中の姿がちらついてしまった。
あいつらはよく授業をサボって抜け出してた。私も何度も誘われたけど、ずっと断ってた。その理由は、私が真面目だったからではなくて、あいつのことが大嫌いだったからだけど……
私もあいつらと同類で、十分に最低で腐った人間のはずなのに、心の奥底ではああなりたくない、一緒のところまで堕ちたくない、と考えている自分がいる。
僅かな間とはいえ、あいつと彼氏彼女の関係となり、ファーストキスまで捧げてしまったことを、私はずっと後悔している。
……航輝くんを諦めたというのに、なんで、まだ後悔してるの、かな……
醜い私は、それでも心のどこかで、幸せになることを望んでいるのだろうか。
結局、何もできないままチャイムが鳴って、私はまた机の上がまっさらな状態で授業を受ける羽目になった。
ふと、隣の席の彼を見る。
机の上にはきっちりと教科書とノートが置いてあって、きっと彼は真面目な人なんだろうな、と思う。
……まあ、当たり前といえばそうなんだけど、乱雑に必要なものを机に広げる人も多い中で、彼のような性格の人はどんなことを考えながら日々を過ごしているのかな、となんとなく気になって、私は無意識のうちに彼の横顔を眺めてしまっていた。
やがて、彼の顔がこっちを向いて、私と目が合ってしまう。
そのときに初めて、私は自分がしていたことに気づいて。
慌てて目をそらそうとしたのだけど……
彼は苦笑いを浮かべて、丁寧に広げられていた教科書をずずずっと私の机に寄せてくれた。
それから彼は一度も私の目を見てこなかったのだけど、私はその様子を確認するためだと自分に言い聞かせて、折角向けてくれた教科書はじっくり読まずに、彼の横顔を気づかれないように何度も何度も覗き見てしまった。
どうしてこんなことをしているのか、自分でもよくわからなかった。
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