俺の初恋の幼馴染は、大切な人を傷つけたまま転校した。7年後、彼女が引っ越してきて再会したけど絶対に許さない
よこづなパンダ
本編 短編
「美桜みたいなグズばっかり構ってないで、
俺と
だけど小2の冬のある日。俺たちの関係は、あっけなく崩れ去った。
紗由姫の放った、その言葉。
それは、俺にとっては到底許せることではなくて。
勿論、人には誰だって失敗もあるし、つい感情的になって、言い過ぎてしまうことがあるのは幼いながらもわかっていたつもりだ。
だけど、俺はあのとき、紗由姫の暗い本心を見てしまった気がした。端的にいえば、彼女のことが怖くなってしまったのだ。
俺はあの頃、紗由姫に憧れていた。彼女は勉強も運動も何でも得意で、いつでも輝いて見えた。おまけに、見た目も綺麗で……。色素が薄めの長い髪は儚げな印象を与えて、俺はいつしか無意識のうちに目で追っていた……気がする。当時の俺はその感情が何なのか理解できなかったけど。―――今思えば、それは初恋、だったのかもしれない。
だけど、俺はそんな気持ちを紗由姫に知られるのが何となく恥ずかしくて……いつしか美桜の方とばかり会話をすることが増えていった。
美桜は少しどんくさいところはあったけど、心優しくて、いつも話していて楽しくて、明るい気持ちにさせてくれる存在だった。どこか放っておけない一面があって、守ってやらないとな、と無意識のうちに俺の中でそう思う対象になっていた。
そんな俺たちのことをいつも引っ張ってくれる紗由姫のことが、格好良いと思ってたのに……
俺は悲しくて、泣いてしまった。まるで、自分の抱いていた気持ちが間違いだったと否定されたようで。
―――そんなあの日の俺のことを、美桜はどんな風に見ていたのだろうか。
結局、紗由姫と会ったのは、あの日が最後だった。
彼女は親の仕事の都合で、そのまま転校してしまったのだ。
紗由姫のあの言葉はどこまでが本心だったのかはわからないが、俺たちのことを傷つけたのは確かだった。
紗由姫がいなくなってからは、美桜と2人でいることが増えたが、2人だと遊べる内容が減った。行動的な彼女が欠けたことで、俺たちの関係はうまく回らなくなっていた。砕け散った初恋とともに彼女のことを忘れたいと考えていた俺だったが、彼女がいなくなってしまったことを少しだけ寂しく思った。
やがて俺は、美桜の方から距離を置かれるようになり、俺たちは完全にバラバラになってしまった。鈍感な俺は、その理由をすぐに気づくことができなかった。だが、小学校の卒業式を間近に控えた頃のクラスメイトの男子の一言。
「お前、美桜といちゃつくのやめたけど何かあったのか?」
俺はそれを聞いて、美桜が離れていった理由を知った。彼女は、俺と2人きりで一緒にいて、からかわれるのが嫌だったのだと。
そして卒業式の日。
俺は美桜に告白された。
ずっと避けてたのは、俺といるのが恥ずかしかったから、と言っていた。俺の考えていた理由とは結局少し違っていたのだが、美桜は距離を置いていたことをちゃんと謝ってくれた。
そして、美桜は俺のことを『好き』と言ってくれた。結果的に、美桜が離れていったことで、俺は彼女の大切さを再確認することとなっていた。
だから、俺は美桜と恋人という関係を築くことを決意した。
初恋の紗由姫のことを、ふと思い出した。
元気にしてるかな、って。
だけど、美桜の笑顔を見ているうちに、何となく心のどこかでずっとモヤモヤしていた感情が、少しだけ吹っ切れていくのがわかった。
それから中学の3年間、俺たちはおしどり夫婦と呼ばれた。……いや、夫婦じゃないんだけど。
だが、決して広くないこの街では、逆に俺たちの関係が広まってくれることは、最初こそ少し恥ずかしかったけどむしろ過ごしやすいことで、周りの奴らは気を遣って修学旅行の班を一緒にしてくれたりもした。
つくづく良い仲間に恵まれたな、って思う。それもこれも、優しくて可愛らしい美桜のおかげなのかもしれない。
俺はいつの間にか、美桜なしでは生きられなくなってしまっていた。
でも、それが悪いことだとは思わなかった。
―――だって、こんなにも幸せを感じていられるのだから。
俺たちは共に北高校を目指し、受験勉強を頑張った結果、無事一緒に合格することができた。
そして、入学式の日。クラス発表で美桜と同じ3組であることを知り、2人で喜んだ。神様は頑張った俺たちにご褒美をくれたのかな、って。
しかし、クラスで美桜と一緒に話をしていたところ、1人の少女が近づいてきて、いきなり俺にこう言った。
「ちょっと、航輝くん?あなた、その女とどど、どういう関係なの!?」
―――そのせいで、俺たちの幸せな空間が破壊されたのは、言うまでもない。
いきなり知らない人に下の名前で呼ばれて、しかもどこか喧嘩腰な口調で話しかけられて、気分が悪くなるのは当然のことだろう。
声のした方を振り向くと、そこには想像とは違って意外にも綺麗な見た目をした女の子が立っていた。
いつの間にか短くなっていたからすぐには気づかなかったけど、あの色素の薄い髪は……
まさか、紗由姫、なのか……
「いや、どういう関係、と言われましても、恋人なんですけど。そちらこそいきなり、何の用ですか」
新学期の顔合わせだし、用がなくても話しかけることがあって当然ではあるのだが、如何せんその言い方が気に入らなくて、ついこっちも口調が強くなってしまった。
―――とはいえ、彼女の顔を一目見た瞬間、俺の心臓はトクンと一回跳ねた。
……それは、きっと心のどこかで紗由姫という存在に夢を見ていたということなのだろう。
小学生の頃の遠い記憶とはいえ、一度は惚れた女の子に対して、そのような感情を抱き続けてしまうのは、仕方ないことだと思ってほしい。
「じゃあ訊き方を変えるわ。この子は誰?どうして航輝くんは幸せそうなの?」
だが、『この子は誰?』という言葉は、俺の中での紗由姫へ抱いていた感情を、完全に壊すに等しい力を持っていた。
―――こいつは、別れ際の暴言で傷つけた相手のことを完全に忘れていたのだ。俺のことは覚えていながら。
それに、まるで紗由姫は自分自身がいなくなったことで、俺のことを幸せじゃなくなったと思っていたみたいで……
どこまで傲慢な奴なんだ、と思った。
「は?お前紗由姫だよな???何があって戻って来たか知らねえけど、ふざけんなよ。俺はお前が最後に美桜に何も謝らずに引っ越して行ったこと、ずっと覚えてんだぞ」
俺の言葉を聞いた紗由姫は、口をパクパクさせて、でも結局、その口からは何の言葉も出てこなかった。
―――その様子は、俺が昔憧れていた、何でもできて輝いていた女の子の姿とは、かけ離れたものだった。
きっと、心のどこかで、紗由姫に対する言葉にできない気持ちが燻っていた。
だが、俺はこの瞬間をもって、たとえ美桜と紗由姫が並んでいても、迷わずに美桜の手を取ることを確信した。
「
美桜は後で俺にそう言ってくれた。
―――俺は絶対に美桜を幸せにすると誓った。
♢♢♢
私は小さい頃から褒められることが多かった。
容姿が整っていることを自覚したのは、転校した後の小学校高学年になってからだけど、彼と美桜と3人でいたときから、私は何でも一番できたし、いつの間にか自分が中心に世界が回っていると勘違いをしてしまっていた。
だからあの頃、私のことを優先せずに美桜のことばかり構う航輝のことが許せなかった。
航輝には、私のことを優先してほしかった。
皆みたく私を褒めてほしかった。思い通りにいかなくて悔しかった。
航輝のことを独占したかった。
だから、あんな冷たい言葉が、自分の口から零れてしまった。取り返しのつかないことを言ってしまったと思った。
謝ろうと思った。何度も何度も練習して、でも転校が決まったのは突然のことで。
私は逃げた。
―――そのことが、後々どれほどまでに自分を苦しめるかなんて知らずに。
転校先の小学校では、すぐに友達ができた。
新しいクラスの女子たちは、私のことを可愛いねと言ってくれた。
しかし、しばらくすると私のことをよく思わない女子たちのグループができていた。私はなぜ嫌われるのかわからなかった。勉強も運動も得意だった私は、学校の先生からは相変わらず褒められてばかりで、だからこそ自分に落ち度があるなんて少しも考えなかった。私に対する醜い妬みが、周囲の団結心を生んでいるとさえ考えていた。
だけど、実際のところは違っていた。私はある日、偶然にも私と仲の良いわけではない女子たちが、私の陰口を叩いているところを目撃してしまった。彼女たちは口々に言っていた。
偉そう。横柄で、他の子を見下している。何様だよ、って。
私にそんな自覚はなかった。物事には適材適所ってものがある。だから私が運動会のリレー選手をするのも、学芸会の主役を私が演じるのも、当たり前のことで。
だけど、そこに選ばれなかった人もいるわけで。むしろ、選ばれる人の方が少数なのに、私にはその子たちに対する配慮が欠けていた。
リレー選手に選ばれなかった子が、頑張ってねと応援してくれたのに、私は自分を褒めてくれないことの方に不満を持ってしまい、冷たい態度を取ってしまった。
学芸会の主役は『生徒の自主性』が求められる教育方針の元、話し合いで決めることになっていたけど、私は自分が相応しいの一点張りで、まるで他の子の気持ちを考えていなかった。自分がやれば、うまくいくはず。だからそれでいいって思ってた。子供同士の話し合いなんて、強い口調で意見を主張した者が勝つに決まってる。私には言い負かした自覚はなくて、だけど周りの子にとっては、不満がたまっていったのだ。
転校先でもまた、私は無意識のうちに自分中心で世界が回っていると勘違いをしていた。
その陰口を聞いてから、私は人と関わることが怖くなった。だから、なるべく目立たないように過ごすことにした。
だけど、中学校に進学してからは、隣の小学校から来た男子たちが、私のことを放っておいてはくれなかった。彼らは私のことをクラスで一番可愛いって、みんなのいる前で言った。私は、やめてよ、って返した。正直、目立つような言い方をしてほしくなかった。だけど、心の奥底には承認欲求の強い自分が隠れていて、内心嬉しく思っている自分もいた。
だから、その男子たちの中の1人に告白されたとき、私の心は満たされていき、幸せな気持ちでいっぱいになった。中1の5月のことで、知り合ってからまだ1ヶ月の相手。だけど、私に価値を見出だしてくれたことでどうしようもなく舞い上がってしまった私は、よく知りもしないあいつの告白をOKしてしまった。
しかし、付き合い初めて2週間で、私たちは別れた。……いや、あいつの方はそれを認めてくれなかったのだけど。結局のところ、どれだけ綺麗な言葉を並べても、あいつは私のことを外見しか見ていなかったことに、すぐ気がついた。告白を受け入れた当日に、いきなりキスを迫られたところからおかしいとは思った。突然のことに驚いて拒んでしまったせいで、あいつは翌日から毎日、私を自宅に誘ってくるようになった。
「今日はいいだろ」
「俺たち、付き合ってるんだよな?」
本当に、毎日毎日、そればかり。初めは自分が間違ってるのかな、なんて思った。だから、付き合って1週間が経ったとき、私はとうとうあいつにキスを許してしまった。初めてのキスは、あまりに強引で、気持ちの悪い味だった。正直、思い出したくもない。
そして、その結果。あいつの押しはさらに強くなり、状況は悪化した。強く押し続ければ、言いなりになると思われてしまったらしい。私はあいつのことが完全に嫌いになってしまった。そして、自分のことも嫌いになった。
……強い口調で自己中心的な発言を繰り返すあいつは、自分と同じだと思ってしまったから。
こんな自分を変えたいと思った。だけど、私が別れを告げても、あいつは決してそれを許してはくれなかった。何度も何度もあいつのことを振り払うと、逆ギレしたあいつは私の悪評を流した。
……いや、私にとっては悪評だったというだけで、実際のところは、あいつは私と身体の関係を持っているという嘘を吹聴した。
私は知らなかったけど、あいつは小学生の頃から素行が悪くて有名だったらしい。そんなわけであいつには味方がいなかったから、その噂を他の女の子たちが信じていたのかはわからないけど、少なくとも私自身もあいつと付き合っていたことで、あいつと同種の人物というレッテルを貼られてしまった。
私はどんどん孤立していった。あいつやその友だちの男子たちと言い争いをしていくうちに、さらに自分の口が悪くなっていくことを自覚した。でも、止められなくて。
学力も追いつかなくなって、とうとう私は落ちこぼれになった。
いつからか、ふとしたときに、以前に住んでいた街での楽しかった日々を、思い出すようになっていた。
あの頃は毎日が輝いていた。
航輝の優しさが、今の私には染みる。心にぽっかりと空いた穴を埋めていくように。
だけど、すぐにそれは通り抜けていき、元通りの穴の空いた心が残るだけ。―――どれだけ鮮明に当時を思い出そうとしても、結局は過去の出来事で。
本当に自分を満たしてくれる存在は、今はもういない。
あの独占欲は、今になって思えば初恋、だったのだと思う。
「航輝……」
いつしか私は毎晩、彼の名前を呟くようになっていた。
けれど、当然返事は帰ってこない。
誰もいない部屋で私の声が微かに響くだけだった。
そんなある日、父さんの転勤で以前の社宅に引っ越すことが決まった。それを耳にしたとき、私の未来に小さな光が見えた気がした。
私はその1年後を目指して猛勉強することにした。元々孤立していたから、1人で淡々と勉学に励むのも、特に苦ではなかった。
これを機に、本気で自分を変えようと思った。あいつが何度もねちっこく触ってきた髪は、短く切った。気持ち悪かったから。元々自分の髪は気に入っていたけど、あいつが肯定した私自身を、全て否定したかった。
周りの子たちが早く受験を終えて遊びたい、とか喋っているのを耳にして、何度も羨ましく思った。私には誰かと遊んで楽しかったという思い出が、ずっと昔の過去にしかなかったから。航輝たちと遊んでいたあの日々が、私にとっては唯一の宝物だ。
……でも、もしかすると、いや、きっと確実に、
そのことがとても寂しいことに感じられた。
私は猛勉強の甲斐があって、なんとか
受験当日、私は偶然彼を見かけた。大分顔とか変わってるはずなのに、受ける印象は昔の記憶とあまり変わってなくて、私にはすぐ彼だとわかった。―――彼の方は、私には気づいてはくれなかったようだったけど。
そして、今日の入学式。
私は、クラス分けの張り出しを見て、私の名前と彼の名前が同じ3組にあることを確認し、内心すごく嬉しかった。神様は頑張った私にご褒美をくれたのかな、って。
でも、彼の隣には別の女の子がいた。彼女は自分にも引けを取らない程、綺麗だった。
それを見た途端、私の中にはどす黒い何かが沸き上がってきて。
「ちょっと、航輝くん?あなた、その女とどど、どういう関係なの!?」
気づけば私の口は勝手に動いてて。
私の目に映る彼は、怪訝な顔をしてた。
「いや、どういう関係、と言われましても、恋人なんですけど。そちらこそいきなり、何の用ですか」
そう言われて、当然だ。
だけど……
―――彼の他人行儀な言葉に、私の心はあっさりと折れてしまった。
私の存在が彼にとってはどうでも良いものになっているのは、十分に覚悟していたつもりだった。私が彼を思う気持ちは、
だけど、いざ、別の女の子が航輝の傍で笑っているのを見たとき、胸が締め付けられるほどに苦しくなった。
「じゃあ訊き方を変えるわ。この子は誰?どうして航輝くんは幸せそうなの?」
違う……そんなことを言いたいんじゃないのに……
私は彼の幸せに嫉妬してしまった。私もあんな風に笑ってみたかった。私は、楽しかった過去の日々を思い出すことができても、笑い方までは思い出せなかった……
私の冷たくて乱暴な問いかけを聞いて、航輝の顔は何かを諦めたような表情へと変わっていった。
「は?お前紗由姫だよな???何があって戻って来たか知らねえけど、ふざけんなよ。俺はお前が最後に美桜に何も謝らずに引っ越して行ったこと、ずっと覚えてんだぞ」
とても冷たい声色だった。知らない航輝の声だった。
私は、すっかり美人に成長していた美桜に、まるで気がつかなかった。
父さんの転勤が決まったあの日、私は、美桜に謝ろうと思ってた。まずはそれをしたいって確かに思ってたはずなのに……
私の口は肝心なときに、パクパクするだけで何も発してはくれなかった。
自分でも知らず知らずのうちに、航輝のことだけを追いかけていたという事実に絶望した。
彼が怒るのも当然だ。
そして怒ってもらえる美桜が、羨ましくて妬ましくて仕方ない。
―――私はまた、取り返しのつかない過ちを繰り返してしまった。
私はずっと、楽しかった昔のことを思い出して、再び楽しい日々が待っていると信じて、この1年間勉強を頑張ってきたつもりだった。
でも、結局のところ、航輝のことを振り向かせたかっただけ、だったのかな……
学校が終わり、呆然としたまま帰路に就いた私は、家に着くと同時に、泣いた。
泣いて、泣いて、それでも涙が枯れることはなかった。
航輝と美桜のことを傷つけてしまった後悔よりも先に、この1年間の努力が無駄になったことへの絶望が先に湧き上がってくる自分が、嫌い。
私はこんなにも醜くて。
彼らはあまりに眩しすぎて。
―――私は、もうとっくに幸せのレールから外れてしまっていたんだ。
これから3年間、航輝と美桜に冷たい視線を向けられながら、私は彼らの幸せを、ただ遠くから見ていることしかできないのだろう。
あんなに夢見ていたはずの未来の日々が、まるで拷問のように感じられた。
「……明日、明日は、謝れるかな……」
もう彼らに向ける顔などないと思いつつ、それでも何度も脳裏に浮かんでくるのは、航輝の顔ばかりだった。
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