魔女の隠し事
「この度は大儀であった」
「大儀と言われるほどのことなどしとらんがね」
ハリソン殿下とアイシャ様が仲直りしてしばらく後のこと。陛下に内密で呼ばれた婆は2人のその後を聞くことになった。
あれ以来、意見がぶつかることもあるけれど、なんだかんだで手を取り合って仲睦まじくしている様子。
薬を使ったことがバレて、2人とも親に大目玉を食らったらしく、しばらく婆の部屋を訪れるのは禁止! とされてしまったようなので、その後が気になっていたが、良い方向に向かっているようでなによりじゃ。
「しかし、大目玉はちとかわいそうではないか。誰にも迷惑はかけておらんぞ」
「あれくらいがいい薬です。俺の小さい頃なんか、おばば様にもっと酷いことをされた記憶しかないですぞ」
はて……? 年を取ると昔の記憶があまり思い出せんのう。何かしたであろうか?
「都合のいいときだけ年寄りのフリをせんでくだされ。ひとたび戦場に降り立てば、爆炎と轟雷によって血の雨を降らせると謳われた御方ではないか」
やめてくださいな。虫1匹殺すこともためらうような、か弱い婆でございますのに。
「それは置いておいて話は変わるが……」
あ、変えるのね。長い付き合いじゃから、あまり深追いしても無意味なことは良く分かってらっしゃるようじゃな。
「ハリソンが見たという憂いの美女のことにございます」
「どこのどなたか分かったので?」
「いや、あれ以来、姿を見た者はおらぬとか」
「左様で」
……そう言いながら陛下は婆の姿をじっと見ておる。
「そう言えば、おばば様も昔はたいそう美人であったな。我が母上と双璧であったと」
「双璧などとは畏れ多い。王太后様の太陽のごとき美しさの前では敵うはずもないわい」
「ご謙遜を。父が昔よく申しておった。おばば様は若い頃、男たちから声のかからぬ日が無いほどモテておったと」
……絶対に気づいておるの。
「実は若い家臣も何人かその姿を目撃していたそうでな。あの女性は誰だと密かに話題になっているとか。大規模な探索が始まるかもしれん」
「あーあー、お察しの通りじゃ。ありゃあ薬を飲んで、50年前の若かりし頃の姿になった婆じゃ」
若返り薬も加齢薬も婆の特製じゃ。王子たちに渡した10年くらいの薬効のものとは別に、とてつもなく出来の良い物が作れたので、試しに自分で使ってみたのじゃ。
「で、なんで憂い顔だったので?」
「まさか50年も若返るとは思ってなくてな。嬉しくてウキウキしておったら忘れていたのだ。ありゃ見た目は若返るが中身は変わらんことをな」
外見はピチピチお肌のうら若き乙女でも、身体能力は婆のまま。
はしゃぎ過ぎて腰を痛めてしまったんじゃ。憂い顔ではなく、あれは苦悶の表情だったのよ。
「迂闊なことをしましたな。おばば様にはまだまだ働いて頂かねばなりませんのに。お体ご自愛めされよ」
「おやおや、こんな年寄りをまだこき使おうとは、
「
そんなに厳しく育てた覚えは無いんだがのう……
「はいはい。婆もまだくたばる気はありませんよ。少なくともあの2人が薬で化けた姿が本当になるくらいまでは、この目でしっかりと見届けさせてもらいますよ」
王国の秘中の秘を司る魔女。
祖父の代から数えて3代。さらにはハリソンとアイシャの間に生まれた子まで含めると、4代の王族に仕え、後に大往生を遂げた彼女は、生涯結婚することはなく、係累となる者もいなかった。
しかし、ごく稀に妙齢の女性が彼女の部屋を出入りしたという目撃情報があり、あの女性は誰なのかと噂になることもあったが、魔女は死ぬまでそのことについて明言することは無かったという。
「おばば様~!」
「はいはい王子様も姫様も、慌てずとも婆はここにおりますよ」
魔女の秘薬 公社 @kousya-2007
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