魔女の教え

「おばば様ぁ~!!」

「はいはい、何ですかアイシャ様」


 殿下にアレを渡してからさらに数日後。再びアイシャ様が私の部屋に飛び込んできました。


 前回と違うのは、泣き顔ではなく嬉々とした表情なところかの。


「見つけたのです! 理想の殿方を!」

「殿下の婚約者がそんなことを言って良いのかえ?」




 あれから何度か、成長薬を使った大人アイシャ様は殿下をからかうべく王城内を散策していた。


 そして薬が切れて元の姿に戻ったところで、その日はもう帰ろうとなったそうなのですが、そこで出会ってしまったのです。


 涼やかな目が印象的な麗しの貴公子に……


「ただの貴公子ではございません。優男のように見えて、素晴らしい肉体美の持ち主でした」


 いや、それ、詰め物かもしれんぞ……


「いいえ、あれは絶対に本物です。私の審美眼にかかれば紛い物かどうかなど一目瞭然です」

「ああ、左様で……」




 どこのどなたかも分からぬ貴公子。しかしこの機を逃してはならぬと、意を決して声をかけたそうだが、結果は……


「子供に興味はないと?」

「ええ。貴女にはハリソン王子という素晴らしい婚約者がいるだろうと」


 子供だから相手にしてくれないのなら、もう一度薬を使って大人の姿になれば……と思ったのだが、肝心の薬を使い切ってしまったそうで、慌てて追加をもらいに来たようです。


「おばば様! 急いで追加のお薬を!」


 今ならまだ間に合うかもしれないから、薬を使って大人アイシャで会いに行くと意気込むその様子はさながら薬物中毒者。


 いや、中毒症状になるような素材を使った覚えは無いんじゃが、何だか罪悪感に苛まれるわな……




「おばば様! 薬、薬を!」


 そんなところへもう1人の薬物中毒者ハリソンが駆け込んできて、見事に鉢合わせとなってしもうた。


 2人はお互いに「何でここに……」とか、「お薬?」と顔を見合わせて呟いておる。




「何でアイシャがここに……? おばば様、そんなことより薬だ。いたのだ、あの令嬢がいたのに、探しているうちに薬が切れてしまった。早く追加の薬を」

「後から参られて割り込みはいけませんわ。私の方が先です!」

「こちらは急ぎなのだ! アイシャなど比べ物にならぬボンキュッボンの令嬢なのだ!」

「それを申すならこちらだって、殿下など足元にも及ばぬ筋骨隆々の貴公子様が待っているんです!」


 お互いに言いたいことを言い合ってややすると、2人とも何かに気づいたようだ。


「ボンキュッボンの令嬢?」

「筋骨隆々の貴公子?」


 そうじゃ。目的の相手は目の前におるぞ。




「もう2人とも気づいておろう。ボンキュッボンの令嬢は10年後のアイシャ様。筋骨隆々の貴公子は10年後のハリソン殿下じゃ」

「あれが……殿下? たしかにあの目の感じは……」

「まさか……アイシャ? 言われてみればあのブロンドの髪は……」


 2人ともツイているのう。ヒッヒッヒ……


「おばば様!」

「知っていたのですか!」

「ヒッヒッヒ、婆は全部お見通しじゃて。でも良かったではないか。お互いに理想とする異性が目の前におるとは、僥倖ではないか」


 だが、そう話は簡単ではないぞ。


「あの薬で成長した姿は、2人がこの先も道を踏み外さず勉学に鍛錬に励んだ末に得られるもの。自堕落な生活をしたり、他の異性に現を抜かしては決して得られぬぞ」

「それは……」

「つまり……」


 2人で手を取り合って切磋琢磨してゆけ。ということじゃよ。


「殿下と……」

「アイシャと……」

「今はまだツルツルペッタンコとヒョロヒョロおチビちゃんじゃが、そんなもんは体を鍛えるなり勉学に励むなり真面目に務めておれば嫌でも付いてくる」


 大体2人ともお互いに嫌い合っているわけでもなかろう。


「互いの好みが分かったのだ。お主たちが仲良くしておれば、いずれボンキュッボンと筋肉モリモリに出会えるわい。さっさと仲直りせんか、バカモンが」

「はーい」

「ごめんなさーい」


 とまあ、そんな次第で今回の喧嘩も一件落着となったわけじゃ。

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