魔女と王子殿下

「おばば様~!!」

「どうしたんですかハリソン殿下」


 アイシャ様に秘密の薬を渡してから数日後。今度はハリソン殿下が私の部屋に飛び込んできおった。


「おばば様。俺を屈強なマッチョマンにしてくれ!」

「いきなり何を言うかと思えば……」




 王子の話はところどころ飛躍して何を仰せなのか理解に苦しむところもあったが、まとめると昨日城内でとても美しいご令嬢を見かけたのだということらしいの。


 年のころは20歳前後、殿下が言うところのボンキュッボンの完璧なスタイル。そして鮮やかなブロンドヘアがさらりと風になびく様は、さながら女神のような女性だったとか。


「しかし、どこの家のご令嬢か分からなくてな」

「殿下も全ての貴族家の子女を知っているわけではないでしょうからね」

「それで名前を聞こうと声をかけたのだ。二言三言言葉を交わしただけだが、そのたおやかな仕草と慈しみのある微笑み。まさに女神というにふさわしい女性だった」


 ところがその女性、肝心の名前については名乗るほどの者ではないと固辞しその場を去ろうとしたらしい。


 殿下はどうしても名前が知りたいと食い下がったようじゃが、その女性は殿下にはアイシャ様という素敵な婚約者がおりますのに、私などに現を抜かしてはなりません。と諭したのだとか。


「至極もっともな話にしか思えぬが?」

「だがあの美しさは忘れがたい。だからまた会えるかと尋ねたところ……」

「殿下がもう少し大きくなって何人にも劣らぬ偉丈夫になったら。とでも言われましたか?」

「よう分かったな」


 いや……そこまで聞けば察しが付かぬほうがおかしかろうな。うんうん。


「ならばすぐにでも」

「無理じゃ」

「なんで!」




 なんでもなにも人体改造は禁忌の術じゃ。夕食のメニューをオーダーするように気軽な言い方で頼まんでほしい。屈強なマッチョマンなんて、それこそ物言わぬ生体兵器にでもなりたい願望を殿下はお持ちであられるのか。


「殿下にそんなことをしたら、婆が火あぶりの刑になってしまう」

「おばば様なら燃え盛る炎を一瞬で氷漬けに出来そうですけど」

「そんなに婆を謀反人の逃亡者にしたいのかえ?」

「むぅ~、どうしても無理か?」


 口を尖らせて不満そうな顔の殿下。こういう仕草が誰かさんとそっくりじゃが、ダメなものはダメじゃ。


「だいたい、今の殿下が急に筋肉モリモリになったところで、婆に変な薬を飲まされたか魔法で偽装したかとしか思われぬ。つまりは紛い物。ご令嬢のお心をそれで掴めるとは思えんぞ」

「何かほかに方法はないか。彼女を1度でいいから振り向かせてみたい」

「うーん、かなり黒寄りのグレーであれば、あることはある」




 なんだか数日前にも同じような展開があったような気がするが、殿下も執拗に食い下がってきおるから、私は仕方ないと棚にしまっておいた薬瓶を1つ取り出してみせた。


「一時的に成長させる薬とでも言えばいいかのう。飲んだ人の身体だけ時間が10年ほど進み、見た目が10年後のそれとなる」

「10年後の私……筋肉モリモリか!」

「ただし成長するのは身体だけじゃ。知識や技能は成長前と変わらん。あと、成長するといってもその人が本来辿るはずの未来を映し出すものだから、必ずしも筋肉モリモリなる保証は無いぞ」

「万が一の時は服の中に詰め物でもすれば誤魔化せる」


 いやもう全く同じ展開ではないか。想像と違った時の対処方法まで一緒。似たもの同士とはよく言ったものだ。


「それと、この薬も使い方によっては厄介なことになるゆえ、誰にも使ったことを悟られぬように。それがお約束いただけるのであれば、譲ってもよいぞ」

「分かっている。おばば様に迷惑はかけん。待ってろ名も知らぬ令嬢、俺の筋肉に見惚れるがいい!」


 うん、だからそこは保証してないんじゃよ……

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