第18話 小さな願い

 いつものお昼休み、穏やかな時が流れる。沢山ありすぎて頭の整理が追い付かない。変化のない日が多すぎたのか上手く対応ができない。好きって言葉、本当にあるんだなあ。見上げると曇り空だった。おばあちゃん、思ってたのと違いました。出会いは見知らぬ土地や旅先、キレイな景色のところでと思っていました。


 ―― 号泣後のぐちゃぐちゃ……。


 あれが正解なのだろうか。のぼちゃんに初めて好きだよと言われた時、ちゃんと相手の目を見たような気がする。目が合うと恥ずかしい気持ちもあるけど同時に怖さも出てきて、他のところを見ながら話していた。"好き、好きになれるまで" のぼちゃんの言葉が心の中で無邪気な子供のように駆け巡った。


 どう捉えていいか分からなかったが、改めて考えると段々ニヤけてしまった。好きになれるまで待つ、果たして人を好きになれるとはどういうことだろうか。一緒にいると楽しい、ふと考えていることもある。それが好きなのか。その前に大事なことをしなきゃ。お昼休みが終わりある所へ向かった。


 前と同じ別室に案内され、人事部の羽山と一対一になった。田中は別業務の為、抜けられないらしく、より一層緊張感が漂った。羽山は穏やかな口調で促した。

「前回は驚かせてすみませんでした。原木さんからご連絡を頂きまして、どうされましたか」

「はい、前回のことで私が課長にされてきたことをご報告したくご連絡致しました。お忙しいところ、お時間頂きありがとうございます」


 羽山は一瞬目を見開いたが、すぐに戻った。

「そうですか、話せる範囲で構いません。無理せず、苦しくなったら途中で止めてももらっても大丈夫です」

「分かりました。入社して二年ほど真島が上司となりました。ある日イレギュラーな業務が発生しまして残業になりました。その時は二人で残って作業しておりました。業務が落ち着いても、残業する日がなくなることはなくそれが常態化していました」


 そう、あの時までは普通の残業だと思っていた。

「資料を広げないと作業ができない日があって別室に移動して作業をしていました。広い机に資料を広げて確認作業を行っていて、夕食を真島が買ってきてくれました。私の近くの席に夕食を置いて、両肩に手をおいて……」


あれ、目の前がグルグルとしてきた。思い出そうとすればするほど呼吸が荒くなってくるのが分かる。

「えっと、俺の可愛い部下だと言われたので、止めて下さいと言ったんです。その日から真島の私に対する態度が変わりまして、きつくなりました。最初は仕方がないと思っていて、私一人我慢すれば済むことだと思ってて……」


「大丈夫ですか? 原木さん無理しないで」

「大丈夫です。私だけが我慢すればいいと思っていたんです。断ってきつくされて、他の人に何もなければと、私だけでいいと。今はそれが間違っていたんだって分かりました」


 深呼吸して、息を整えた。涙目を堪えて口をキッと強く結んだ。

「大変辛い思いをさせて申し訳ありません。そこに対処できず会社としても私個人からお詫びします。この聞き取りを処分の判断材料とさせて頂きます。少し休んでから業務に戻って下さい。ご協力ありがとうございました」

「失礼します」


 これでよかったんだ。私ができることは真実を伝えること、これくらいのことしかできないけど、真島のことを口にするのも避けてきた。近くにいるがゆえに私の心はいつも恐怖で固まっていた。深くて心の奥底にある気持ちだけは取られないように守ってきた。


「人を好きになれるかな、いや好きになりたいな」


ぽつりと、曇りから変わった青空へ見上げて願った。


 














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