第13話 優しい音

 置いている携帯に目を向ける。携帯の画面を開いてみるのはもう五回程行ったので目を向けるだけにした。のぼちゃんから、連絡したい時に電話が難しかったらショートメール送ってと教えてもらった。メールは会社で送っているので人の声が聞きたいと思うが、掛ける勇気がない。


 あれから会社での仕事はできないという、レッテルを貼られながら粛々しゅくしゅくと進めている。何を言われてもまともに受けないように流すよう努めた。前より気分が少し変わった、それは携帯に心強い味方がいるというお守りにしていることだ。そして、資格の勉強を始めた。現状にとらわれたくなくて、職場から離れるようにどうしたらいいか考えるようになった。


「大丈夫だったかな、お礼で選んだけど、どうだったんだろう、う~ん」

のぼちゃんへのお礼は品物を調べたが、その後予算が足りなくて変更した。今のところ反応がない、一週間は経っている。いや、何もなければなくていいんだけど、気にはなる。


 静かな一人暮らしの部屋には外から車の走る音が飛び込んできた。毎日この部屋に仕事から帰ってくる度、一人なんだなあと感じる。時々、仕事帰りに寄り道をするが同じくらいの人たちが楽しそうに話して食事をしている姿を見ると自分の置かれている現状に疑問と同時に、仕方のない諦めを感じた。


のぼちゃんは周りに同じ年の子がいて、友達と楽しく過ごしていると思っていた。人って色々あるんだな。


「彼を巻き込んでしまって、申し訳なかったな。あの時、道で号泣してしまった時、我慢して部屋に帰って一人で泣けばよかったかも」

そしたら、のぼちゃんは普通にあのまま学生生活を送って。ふぅっと息を吐いて頬杖ほおづえをつく。


プルルルルッ

携帯の音にビクッとする。誰と画面を開くと画面には赤木登(のぼちゃん)と表示されていた。どうしよう、携帯を取った手にジワリと汗がにじみ、震えた。


「もしもし」

「あ、俺。今、大丈夫?」

どうしよう、言葉が出てこない。なんか言わなきゃ。

「えっと、俺とはどちらの俺ですか? 本人確認が必要です、あなたが持っている楽器は?」

「なんでだよ、登録して名前出てるだろ、はい、ギターです」

「本人確認とれました、どうしましたか?」


違う私、そうじゃないバカバカ、もっとこうフランクな感じで喋れないかな。自分に叱った。冗談が冗談にならなかった、慣れてないんだもん、難しいよ。


「えっと貰ったもの、まだお礼言ってなかったから。開けてみた」

あっ例のお礼の品だ。大丈夫かな。ゴクリとつばを飲んだ。

「なんで小さい石鹸と化粧水とハンドクリームなんだろうって。俺、普段そんなの使わないしって思ってたんだけど、まあ後でお礼メール送ろうと思ったらメッセージカードが出てきてさ」


はて?何て書いたっけ。素敵な絵柄のメッセージカードを見つけて、最後考え疲れて、書いてそのまま入れたんだっけ。


――この間のお礼です。合わなかったら、すみません。指大切にして下さい。ギターのことは分からないけど、きっと優しい音が弾けると思います……。


はっ、思い出した。慌てて理由を取りつくろった。

「よっ、酔ってたのかなあ、そんな深い意味はなくて」

「お酒飲むの?」

「飲まないけど」

「なんか嬉しくなって、声が聞きたくて電話かけた」

「あっ、良かったです」

「それでさ、来週の土曜日ひま?」

「えっ?」


一瞬、頭が真っ白になった。


「ちょっ、ちょっと待ってね」

スケジュールを開いた、まっさら真っ白、心を落ち着かせて、どう答えよう。

「ちょうど空いてた、うん大丈夫だよ」

うそです、最初っから空いてます。すぐに心の中で謝った。

「よかった、駅で十一時に待ち合わせでいい?」

「はい、よろしくお願いします」

「じゃ、また」

「はい」


携帯を切ると、どっと疲れが押し寄せた。若干じゃっかん手がまだ震えている。大丈夫、まだ友達に昇格になったわけじゃない。部屋の外は遠くの街明かりでキラキラと光っていた。













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