第10話 三日月に向かって

 電車の中はうつらうつらと眠っているサラリーマンと恋人と思われる男女が乗っていた。座席に座ると不安と後悔が押し寄せてきた。


「言っちゃったなあ、なんであんな事」

交換したばかりの赤木登の連絡先を見つめ、そっと触れた。


連絡先を交換したことがないなんて、きっと引いたよね。変な子だと思われたかなあ。いつ以来だろうか、一人でいるのが楽と感じるようになったのは。最初の頃は食べに行ったりして楽しかったな。松永が来てからだろうか、お昼休みの時だったっけ。


「ねえ原木さんって、いつもどこで洋服買っているの? 」

「えっ、これですか?」

袋のガサッとした音と椅子の引く音に紛れて聞こえた。各テーブルのお弁当を開ける音やカップラーメンの匂いに囲まれ、落ち着かなかった。

「どこのブランドかなと思って」

「ブランドとかなくて、あまり洋服のこと分からなくて」

「原木さんは食べることが好きなのよね、だから洋服には興味ないわよ」

いつものメンバーだったが一向に慣れなかった。

「へぇ~そうなんだ」

きっと悪気はないと思うが、その反応には言われようのない不安を感じた。他の人に話題が回り、会話が進んだ。


「髪切ったんだ~どこの美容室?」

「あそこいいよね、知り合いが通っているんだけど、すごくいいんだって」

「ネイル可愛いね、色も可愛い」

「でしょ、ちょっと気分転換に久しぶりに行ったんだよね」


違う言語に聞こえて会話に入れなくて、いつも聞き役だった。あまりにも住んでいる世界が違うように感じた。耳の中で声だけ流れて、頭は別のことを考えていた。次第に色んな理由を付けて離れて一人で食べるようになった。とても心地よくて、安心できる唯一の時間になった。


 地方から出て一人暮らしをして大変だけど、自分で決めていく自由と責任に嬉しさを感じつつ寂しさは計り知れなかった。仕事をするのに精一杯になってしまい、もし友達ができたら、こんな話をしたいなと想像したこともある。まだ、大人になる前の田舎にいた頃だ。


 よく土をいじっていた。畑に行ってゴツゴツした土だったから、芋を掘ったりニラを取ったり大変だったな。あの時はおじいちゃんに付いて行って農業用の一輪車を横にゆらゆらさせながら交代しながら運んだっけ。時には肥料を、よく草で指切ったけど、おじいちゃんの草笛は優しい音だった。


その時に聴いていた音楽を調べて聴いてみた。さっと思い出が甦って、囲んでくれた。


 夏の夜空は星の輝きがすごくて、虫や蛙の声を聴きながら眠りについた。朝が来て、ヒマワリの種をとって木や花に水をあげたり音楽を聴かせた。古い家だから、虫が家の中の光に集まって大変だった。でもその時生きてきて一番美しい景色だと思った。大量に舞い散った虫の羽を、おじいちゃんとおばあちゃんが座りながら掃いて受けてて。


天井から降り注ぐ光とひらひら落ちていく羽に囲まれていた。あまりにも幻想的で子供ながらに運命とは二人のことなのかなと見入ってしまった。


 昼休みに一人でいたかった理由は何でもよかったかもしれない。環境が合わなかったんじゃなくて、本当の自分で人と接することができなかった。彼、のぼちゃんは年下で大学生であること、それしか今は知らない。電車を降りて、家までの道のりに三日月がついてきた。のぼちゃんといた時と同じ三日月に向かって呟く。


「のぼちゃんと友達になりたい」









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