第9話 新しく増えたアドレス

「これ、俺の連絡先、何かあったら連絡して。」

 渡されたメモをまじまじと見つめた。名も知らぬ初めて出会った彼の連絡先、順番として合っているのでしょうか。誰か教えて下さい、どうしたらいいですか。

「ああ、別に変な意味じゃない。嫌だったら捨てていいから」


そんな彼に意を決してポツリと伝えた。

「えっ何? 聞こえなかった、もう一回」

腰を屈めて聞き直そうとしてくれた、そうだ! ここは、さらっと言えばいい。もう大人だもの。年下の彼に大人の余裕を見せればいい。


「登録の仕方が分からない」

「何の?」


ここはスマートに流して欲しかった、仕方がない長年の秘密を明かそう。そして人生というものを教えてあげよう。


「連絡先を交換したことがなくて、携帯にどうやって登録するんですか」


言い切った。さあ、これでドン引きされて嫌われるなら潔く泣く。

「マジ? ガチのヤツ?」

「マジだよ、ガッチガッチのガチだよ」

あまりの恥ずかしさに少しボケてみた。スベッての恥ずかしさとすり替えようとした。しばらく気まずい沈黙が流れるとフッと彼が笑った。

「いいよ、一緒に登録しよう」

「うん、でも待って自分でやってみる。見てて」


 また、座り直した。隣に座った彼の傍で携帯の画面をじっと見る。

あれから、どれくらい経っただろうか。痺れを切らせた彼が携帯を取り上げて登録しようとした。自分でやると無言で抵抗した。

「じゃあ、先にそっちの番号教えてよ」

「了解、やってみます」

「どうした? 出ない?」

「えっと発信履歴から自分の番号出したいんだけど、着信履歴の画面しかなくて」

「なんでだよ、発信と着信は一つの画面で発信先と着信しか出ないだろ。アドレス画面出してみろよ」

「アドレス画面? ヤダよ、恥ずかしいよ。家族と会社しか載ってないもん」

「違うよ、アドレスの中に自分の番号があるだろ」

「アドレスは相手の連絡先しか載ってないんじゃないの?」

きょとんとした顔をしてしまったが、またすぐに真剣な顔で画面に向かう。やっと、彼の言っている意味に気づいたが、同時にこの恥を乗り越えて強くなっていくんだと言い聞かせた。


「あった、あったよ」

満面の笑顔で彼に見せた。少ない件数のアドレスを見られなくてよかったとホッとした。

「よかったな、じゃあかけるから」

「了解です、来た来たよ! もしもし、原木です」

「なんでとるんだよ、電話代かかるだろ! しかも携帯同士、絶対に高い」

「あ、ごめんごめん。嬉しくって」

ふふっと携帯で口元を隠した。いたずらっぽく笑ってしまった。


「名前、はらきっていうんだ、下は?」

「めぐ、平仮名だよ。はらきは原木のはらき」

「げんぼく?」

「うん、椎茸を育てる時の原木栽培のげんぼく」

「後で調べてみる」

「あっこっちは、どうしたらいい?」

「新規で “ のぼ ” でいいよ。周りからそう呼ばれている」

「ヤダ、ちゃんと名前が知りたい、その上で呼び名を考えたい」

「分かったよ、赤木登」


 パッと、ひらめいた。さっと手が動いた。

「分かった、赤ちゃんね」

ストップがかかってしまった。

「可愛いけど、やめてくれ。もっと他にあるだろ」


彼の呼び名を考えると言い切った手前、しまった… もう何も思いつかない。

「のぼちゃんで良いですか?」

「いいよ、そうしてくれ」


 私たちは、やっと連絡先の交換ができた。連絡先交換って少しこそばゆい。皆こう苦労して交換してるんだと思うとなんとも感慨深い。

“ のぼちゃん ” か、心の中で何度か呟いた。

「じゃあ、気をつけて帰れよ」

「はい、ここまでありがとうございます」

こみ上げてくる嬉しさと恥ずかしさを抑え、携帯を握りしめた。










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