第6話 我慢、その先に

 これから、どうしよう。あんな事ずっと言われ続けるのかな。

会社を出るまで、感情を出さないと律していた。ひたすら歩いて一歩、一歩の感覚はなかった。鳴り響く鼓動をいつものように落ち着かせる、大丈夫だよ、だって何度も乗り越えてきたから頑張れば、いつか、そう、


「あれ?」


熱いものが、頬を伝う。大丈夫すぐ止まれば、目は赤くならないし腫れない。

慌てて手で拭った。誰か見てるかもしれない、恥ずかしい、お願い止まって。

目の前が潤んで見えない。嫌だなあ、こんなところで見られたら。

誰からも避けたくて帰り道は人がいないところを歩いているはず、だからそこは大丈夫。なんで、いつもこうなのと思った瞬間、たかが外れた。


「うわああ~ん、もう嫌だよ。嫌だよぉ、つらいよお、うわああああ~ん」


空に向かって泣き叫んだ。おばあちゃん助けてよ。もう嫌だよ。

疲れたよ。言葉にならないほど、泣き喚いた、もう嫌だとの思いを泣き声に乗せて

空に届くよう精一杯、おばあちゃんに向かって泣き叫んだ。


そして、しゃがんだ。


何もあるわけないじゃないか。だって、おばあちゃんはいないんだもの。頑張るよりも、上手く生きた人のほうが人を傷つけようが幸せになっている。自分はバカなんだ、いつまでも、おばあちゃんなんて、いるわけないのに。乾ききった地面にポタッポタッと、涙が浸み込んだ。惨めでこのざまだ。


「おい、大丈夫かよ。どうした?」


小さくうずくまっている背中に、乾いた声が包みかけた。

振り返ると、ギターケースを抱えた男が、ぎょっとしていた。

誰? 邪魔しないでよ、泣いてるんだから。

涙でくしゃくしゃの、吐き場のない感情を顔に出した。

「いや、大声で子供のように泣いているから、どうしたんだよ」

まだ、終わってない。元に戻ると、さっきの続きを、また泣き始めた。

「待て待て待て、どうしたって! 落ち着けよ。あっちに座るか」


「お母さーん、なんか、お兄ちゃん、いじめてる」


子供が大きな声で、お母さんを呼んだ。

「いじめてないって、大丈夫だから」

大きな声で子供に叫ぶ。


「おい、立てるか? ちょっと、ここ道の真ん中だから。あっち座ろう、なっ? 」

「うっうっ、ひっくひっく」

腕を掴んで、ゆっくり立ち上がらせた。

「どうした、何かあった? 」

ペンキが剥がれかけたベンチに、腰掛けた。彼はきっと親切な人だ。でも、今の私には全てを拒んだ。黒い闇で覆われている。


「あっ、そうだ、お腹空いたろ。この辺ファミレスあったような」

お腹なんて空いていない。思いっきり泣かせて欲しかった。なんなら、ほっといてほしい。

「行こう。パンケーキでも、食べに」

私はれっきとした大人だ。食べ物で解決しない。涙が乾いてくのが、なんか悔しい。

でも、それを断る気力はなかった。とぼとぼと彼についていく。


「いらっしゃいませ、えっと、何名様ですか」

店員は一瞬、別れ話にもつれた哀れなカップルと思ったようで、眉をひそめた。


慌てて、彼は私の前に立ち案内をお願いした。席を通され、メニューが置かれた。

「とりあえず、顔洗って来いよ」

鞄の中をガサガサ、タオルを求めて、かき混ぜた。

「これ、使えよ」

パッと目の前にタオルが現れた。無言でトイレに向かう。あんなに泣いてしまって、親切な人の手前、恥ずかしさで何も言えない。

顔をすすいで、赤く腫れあがった目を見ないようにした。タオルは、ふわふわで花の香りとともに熱を持った目に優しかった。






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