第4話 記憶の中で

「いつからだろう、人と距離を置くようになったのは」

そう考えると思い出したくないことを、思い出すことになるのだが、考えずにいられなかった。

最初の頃は、小野寺さんのように間違えたりして、周りから支えてもらってた。徐々に仕事が増えて、忙しくなってくると人が入ってきて、一緒にお昼を食べに行ったりした。不安な中、嬉しい事、悔しさや憧れ、そんな他愛のない日々が、楽しかった。


「そっか、間違えてしまったんだ」


会社からの帰り道、考えながら歩いていると、いつもの駅を通り過ぎてしまった。戻るにも、先の駅までも同じ距離のような気がしたので、そのまま歩くことにした。封印していた過去の記憶が、もやの中から甦ってくる。


「原木さん、よろしくね。」

「はい、よろしくお願いします。」

3年前、仕事業務の分担を目的に、新しく人が入ってきた。

松永ゆう、彼女は中途採用で、その時から堂々としていた。知り合いを通してとのことで、その時は気にすることもなかった。周りに早く馴染んでもらおうと、一緒に昼御飯に入れてもらったり、他の部署への用事もまわった。

その戻りだった。

「割に合わないですよね、安すぎません?」

「えっ、何が?」

松永は、いつも漠然とした言葉で、直接的な表現を避ける。

「面倒臭くありません? 原木さんは、ムダに丁寧にやりすぎなんですよ、もっとパッパッとできないんですか。」

彼女の突然の言葉に、ビックリして言葉を失った。

そんなこと、お構い無しにニヤ~ッと見せつけるかのように顔を近づけた。

初めて彼女の裏を見たが、これが本性だと分かったのは、そう遅くはなかった。


「集中できない、仕事を教えてもらうにしても、こう騒がしいと。」

「仕事のパソコンもデスクにあるし、書類もあるからデスクでやったほうが。」

「えっなんで、別室使ったらダメなんですか。だって、仕事ですよね。

 籠ってやったほうが、集中できて効率がいいと思うんですけど。」

その日から仕事の教え方について、進め方、一言二言と、言い始めた。

課長に相談すると、

「教わっている人が、分かってもらわないと意味がないだろう。だったら、そうしろよ。教えてるお前が、それくらい判断しろよ。」

「はい、分かりました。」

その日から、ノートパソコンと資料を運んで、別室に籠った。教えながらの業務、進行は予定よりも徐々に遅れ始めた。

「原木さん、あの子と仲良いの?デスクから原木さんの事、チラチラ見てるの分かるんだよね、あの目つき。」

「今日はね、これをやってほしくて。マニュアルは、これでお願いします。」

「えっ、原木さん私より年下ですよね。タメ口ですか?マニュアルって、実際に教えて下さいよ。これじゃあ、丸投げですか。」

まただ、これじゃあ今日の予定も進まない。どうしても、今日の分を終わらせないと。日に日に、周りの社員からの視線が厳しくなった。


キャーッ、パチパチパチッ。


複数の拍手の音で、はっと我に返った。

駅前の路上ライブの曲が終わったところだった。

なんだ、拍手か。ちょうど駅前まで、たどり着いていた。





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