第3話 現実の中の小さな光
「原木さん、どこ行くんですか。」
振り返ると、小野寺さゆりが、小走りに寄ってきた。目をクリクリして、付いていきたいと、いつもの笑顔だ。何とか悟られないように、いつものように話し始めた。
「大丈夫?午前中は、ちょっとバタバタしたね。」
「はい、何とか。私、原木さんと話したいことがあって。少し、いいですか。」
「どうしたの?」
ここだと、課長に目をつけられてしまうので、人気のないところに向かった。
「えっと、来週から松永さんのとこに行くようにと言われて。」
あ、もう知っているのか。少し拍子抜けしてしまった。
「そっか、うん、そうだね。」
もしかしたら、無意識な勝手な思いかもしれない。課長の言葉が脳裏によぎって
何を話したら良いか分からなくなった。さっき小野寺さんのことを思っているようで、本当は本人が行きたがっていたのかもしれない、不安が押し寄せる。
「大丈夫だよ小野寺さん、頑張ってたじゃない。」
送り出すことが、本人にとって良いことかもしれない。そう、思い直した。
「あの、こんな事言うの、原木さんに迷惑かと思ったんですけど。」
「何?」
「私、もっと原木さんの下で働きたかったです。」
「えっ?」
「初めて一員として扱ってもらえたというか。もちろん、急に仕事ができるわけでは ないし。あ~、迷惑かけてるな、早く覚えなきゃと焦れば焦るほど、空回りして失敗するし。」
初めの頃を思い出して、ふっと笑ってしまった。
「そうだね、電話をつなげてもらったけど、なぜか切れてて、慌てて掛け直して
電話の相手に謝ってたことがあったね。あとは、書類の差し替えかな。」
「そうです、あの時は毎日がヤバい、終わったと落ち込んでいましたが、原木さんの対応見て、この時はこうすればいいんだ。あ、その聞き方いいなあって。」
「ありがとうございます。」
「最初は周りから、原木さんのところに行っても皆すぐに、松永さんの所に行くからって。何か原木さんが悪いみたいに言ってたけど、原木さんに教えられた人からは
もっと一緒に仕事したかったって、でもその後に皆、黙っていなくなるし」
小野寺さんは、目線を落とした。
「間違えても失敗しても、修正とか次から何処を気を付けたらいいか、手間でも
仕事をさせてくれて、それから色々とできなかった事が、できた時に嬉しくて。それを許してくれたことも。」
間違ってなかった、私が思っていたこと。小野寺さんに伝わっていた。
「小野寺さん、もし、もしね次のところでダメだったとしても
私のところで学んで得たことは、小野寺さんの糧となるとしたら、手間なんかじゃないし、迷惑だなんて思わないで。うん。」
だめだ、これ以上言うと、涙出てきそう。
静かに落ちる夕日を背に、二人で微笑みあった。
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