第2話 ジレンマを抱えた先に
午後の社内は、いつものように騒がしかった。
電話対応の声、キーボードの叩く音、立ち話を含めた業務の連絡。
「これ、コピー取って。」
「はい、何部?」
「特に指示がなかったら、1部ずつだよ。」
入ったばかりの社員が、先輩社員に小さなルールを教え込まれていた。
「メモ取らなくていいの?次、頼まれたら忘れない?」
「あ、はい、すみません。」
慌てて、指摘されたことをメモに取っているのだろう、二人の声が聞こえなくなった。沈黙を含めたその会話に、違和感を感じた。この違和感って何だろうと
探っていくうちに、キーボードを叩く指が自然と止まる。
私だったらどう応えるだろうか、想像してしまう。
「1部ずつだよ、何回もやると覚えちゃうから。大丈夫。」
又は、
「いつもは1部ずつだけど、不安だったら確認したほうがいいね。」
止めよう、考えれば考えるほど、きりがなくなってしまう。
「原木、ちょっといいか。」
課長が、ノックと同時に入ってきた。
「はい。」
静かに返事を返す。それ以外、言葉はない。
「お前が、仕事を教えている小野寺だが、松永の下に就かせるから。」
「え、どうしてですか?まだ、一通り終わってないですが。」
小野寺さゆり、まだ一緒に仕事して一ヶ月経ってないが、教えたことを定着させてから就かせても遅くはない、本人はどう思っているのだろうか。
「いいんだよ、松永は仕事を抱えて人手が欲しいと言ってるんだから。
そろそろ、いいだろう。いつまでも、一緒にいるわけにはいかないだろう。」
違う、一緒にいたいとかではない、教えている社員は、それぞれ覚えや慣れる速さがあって、皆画一的ではない。最初は時間が掛かってしまうが、一人一人の良さを見つけて、気づかなかった本人が、そこに自信をつけると、その後が早い。
どうしよう、まただ。こんな事言っても、課長は考え直さないだろう。
「分かりました。」
「じゃ、よろしく。」
何度感じただろうか、教えるだけ教えて、やっと一人前になるところを連れていかれる。教えていきたかった資料が不毛に変わり、社内を出た。その先には、いつもの保身という名の諦めがあった。
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