第3話 歪な友達関係

 物証、もっといえば、確固たる証拠とも言うべきものがあるのに、証言が出てきたことで、事件は暗礁に乗り上げた。もちろん、証言が出てきたことで、その証言が本当に正しいものなのかという立証もしなければいけない。

「証言の立証」

 などという実にまどろっこしいことは、本当はしたくないのだが、この場では、証言を打ち消さなければいけないという状況に迫られているので、それも仕方のないことだった。

 容疑者自身が語ったことを、きちんと証言したのだから、ウソだというわけにはいかない。ウソだとするにしても、それを立証しなければいけない。まるで、製造者立証責任のようなものではないか。

 まずは、証言をした袴田という男のことを調べなければいけない。この男がどれほど容疑者と関係が深いのかということによって、証言の信憑性が変わってくる。

 大学時代に、同じサークルだったということは最初から分かっていることであり、まずはその当時の同じバンド仲間に聞いてみたが、

「あの二人は、特別仲がいいというわけでもないし、かといって、よくケンカをするというわけでもない。お互いを干渉しあうことはしないというくらいの関係ではないかな?」

 ということであった。

 大学時代のことは、本当はある意味関係のないことだが、その頃の仲に寄って、卒業してからも、連絡を取り合うような仲であるかということは想像がつく。大学時代の仲間の証言からすれば、実に曖昧で、どちらとも取れる話であった。

 あとは、袴田が入社した会社での評判を聞くくらいだが、会社の方でも、別に新たな証言が出てくることはなかった。ただ、一人だけ気になることを言っていたとすれば、

「袴田というやつは、結構女には甘いかも知れないですね。すぐに女性を好きになって、たまに我を忘れるくらいに気になってしまって、いきなり告白して、玉砕することも結構あったんですよ」

 と言っていた。

「そんな話、他の誰からも出てこなかったけど?」

 と聞くと、

「袴田というやつは、友達を自分の立場や考え方によって、うまく振り分けているやつなんですよ。すべてにおいて相談する相手が一人だということはなく、それぞれの悩みや感情ごとに友達が違っているんです。仕事のことなら、誰々、金銭問題なら、誰々、恋愛関係なら誰々という感じでですね。俺は、彼からすれば、恋愛担当というべきか、だから、俺はやつのことは恋愛関係に関しては他の誰よりも詳しいが、それ以外のことは、まったく知らないのさ」

 と言っていた。

「そういう友達関係というのもあるんだね」

 と刑事に聞かれて、

「そういうのって、結構多いかも知れないですよ。だから、彼について、いろいろな人に聞けな、皆それぞれ違った観点からしか言わないので、後で、その性格を組み立てようとすると、結構厄介だったりするんですよ」

 と言われた刑事は、

「それだったら、自分の中でどの部分を補ってくれる友達かということを吟味して、友達を選ぶことになるから、人によっては、同じ種類の友達を複数持つことにどう感じるかによって、友達を取捨選択することになるんじゃないのかな?」

 と言われた彼は、

「それはあると思うけど、袴田の場合は、一つのことに対して一人というのが彼の性格のようなんですよ。何かの相談をするのに、複数の人に相談して、その内容がそれぞれに違えば、却って悩んでしまうことになるでしょう? それを袴田は嫌っていたんですよ」

 という。

「なるほど、それも分からなくもないけど、でも、一つのことに一人では、少し不安なんじゃないかな?」

 と刑事がいうと、

「そうですかね? 僕が袴田だったら、同じように、一つのことには一人と考えますけどね」

 と言った。

 刑事が考えたのは、

「これが大学生の発想なのかな?」

 ということであったのだ。

「でも、そんなにおかしなことではないですよ。最近が、そういう幾何学的な発想をする人も増えてきていて、そういう連中が集まっているから、余計にどんどん増えてくるんです。だって、一人対一人という関係が増えてきているわけだから、一人が繋がっていくわけでしょう? しかも類は友を呼ぶという。幾何学的な頭の構造を持った人間が集まれば、そういう勢力が生まれてきてもいいのではないでしょうか?」

 というのだった。

「そんなものなのかな?」

 と、まだ刑事は理解できないようだった。

「だって、皆さん、漠然と友達ということで、一種にいる時間があったとして、そんなにたくさんのことを話題にしたりしますか? その時にはその時の話題があるのであって、複数の話題で盛り上がったりしないでしょう? 悩みの相談がある時などはむしろそのことだけに集中して話すじゃないですか。それが友達を一対一にしておけば、それだけ専門的な話になって、普通の友達と漠然と話すよりも、解決策を見出せるというものです。一足す一が三にも四にもなるんですよ。これは画期的な友達関係だとは思いませんか?」

 というではないか。

「なるほど、確かにそうかも知れないですね。画期的という言葉を聞いて納得しました。言われてみればその通りですね」

 と刑事はそう言って納得はしたが、理解はしていなかった。

――こんな形式的な友達関係というのは、寂しい気がするな――

 と感じたからだ。

 しかし、これが今の大学生の発想だということであれば、それは、彼らを取り巻く大人の環境が、そういう子供たちのルールのようなものを作ったのだと考えると、感無量の心得であった。

「ところで、袴田さんと、山内さんは、バンド仲間だというだけの関係だったのですか?」

 と、今度は刑事は今の話を踏まえたうえで聴いてみた。

 すると、その友達も今の話をした上で聴かれたので、

「これも、ある一点に限っての友達だったと言っていいと思いますね」

 という。

「それは、どういう種類の友達だったんですか?」

 と刑事が訊くので、

「女関係だと思いますよ。ただ、先ほど、特別仲がいいというわけではないと言いましたが、友達としての仲の良さというのは、お互いに平等な立ち位置にいる場合のことをいうと思うんです。でもあの二人の間には、明らかな上下感銘のようなものがあったと思うんです。ただ、一対一の関係なので、それほど目立っているわけではないですけどね。むしろ、一対一の関係になっている時、えてして、こういう上下関係というのは、生まれがちなのではないかと思うんですよね」

 と彼は言った。

「よく分からないけど、そお上下関係というのは、主従関係という感じなのかな?」

 と刑事は聞いたが、

「それは少し違います。あくまでも上下関係というだけのことです。上のものは下から尊敬の念を浴びせられ、上のものは、下のものを上に導こうとする。会社の役職に似ている感じですが、会社の役職者に責任がすべてのしかかるようなお互いの関係ではないんです。だから、表に出てくる感じでもないし、二人の関係をよく見ていないと、分かるものではないそんな関係なんです」

 と、友達はいった。

「じゃあ、あなたと、袴田氏との間に上下関係のようなものはあったんですか?」

 と聞かれた彼は、

「私はなかったと思います。彼に対して尊敬の念を抱いたことはありませんし、自分が上なので、彼を自分の世界に導こうという考えにはなりませんでした。それはきっと私の性格からの問題だと思っています」

 というので、

「じゃあ、山内氏と袴田氏とではどっちが上だったんですか?」

 と聞かれた友達は、

「袴田の方ではなかったですかね? でも、袴田という男は、尊敬の念を抱かれても、心のどこかで、自分が自分だと思っているので、自分から相手を上に引き上げようとはしないんです。ただ、引き上げようという素振りはあるんですが、本気では思っていないんですよ。だからまわりから見ていると、あざとく見えるんです。そういう意味で、袴田とつるんでいない人の中では、袴田という人間を嫌いなやつも結構いたんじゃないですかね?」

 ということだった。

「じゃあ、袴田さんに恨みを持っている人もいたかも知れないということでしょうか?」

「それはあるかも知れません。彼は、友達をとっかえひっかえするところがあった。急に友達が変わっていることがあったりして、ビックリすることが多かった気がします」

「それは、袴田氏が、その友達がいらなくなったと思ったから切ったのか、それとも、他にいい人がいたので乗り換えた。その時に、まるで今までの友達を容赦なく捨ててしまったのか、どっちなんでしょうね?」

 と刑事は聞いたが、刑事の意見としては、後者の方がえげつない気がした。

 ただ、捨てられるだけならまだしも、自分よりも優秀だと思うのか、それとも自分に飽きて新鮮な相手に乗り換えたのか、まるで、知らない間に浮気をされていて、浮気相手とねんごろになったことで、お役御免と今までの友達を切り捨てるようなものではないだろうか?

 それを思うと、返事は、前者であってほしいと思ったが、

「後者の方ですね」

 と、アッサリ、友達はそう答えた。

 どうやら、袴田という男は、あざといところもあれば、容赦なく友達を切る捨てるという、

「自分のことだけしか考えない、自分勝手な男なのだ」

 という、そんな印象が深まってしまうのであった。

「山内さんの方はどうでしょううか?」

 と、刑事は聞いた。

「山内という男は、袴田とは、一対一の関係ではあったけど、他の人とは普通の友達関係だったんです。彼はそういうところは器用に友達関係を続けることのできる男だったんです。結構、気さくなところがあって、結構体格もいいので、まわりに対しても目立つ存在ではありましたね、そういう意味では、身体も小さく、あまり目立たない袴田とは、まったく対照的だったと言ってもいいかも知れないですね。ただ、山内はあれで結構女の子には人気があったんですよ。我々のバンド仲間の中では、一番モテたかも知れない。でも、彼は袴田のようにすぐに行動に移して、玉砕することはない。もう少し明るい性格だったらまったく違ったかも知れないんですが、普通にしていればモテるはずなのに、そのギャップが彼には悪い方に影響しているようです」

「そういう残念な男性というのは、結構いるのではないでしょうか? 山内氏の方は、そんなに女性に告白したりする方ではなかったんですか?」

「そうですね。彼はあまり女性に興味がなかったかも知れないですね。ところで、この二人について、話をしているうちに、いろいろなことを思い出してきました」

「それは二人の関係についてですか?」

「まあ、そういうことになりますかね? まず一つは、山内には、ゲイのウワサがあったんですよ。女性にあまりにも興味がないということが一つと、いつも一人でバーに出かけていたようなんですが、そこがいわゆるゲイバーではないかと言われているところだったんです。ただ、誰も彼がゲイの様子を醸し出しているところを見たわけではないので、あくまでもウワサでしかないんですけどね」

 ということだ。

「もう一つは?」

「もう一つは、大学二年生の頃でしたか、山内は袴田に、お金の無心をしたことがあるらしいんです、よほど困っていたのか、数人から、少しずつお金を借りるということをしていました。当然、よほど信頼している相手ではないと、お金を借りようとはしないでしょうから、山内にとって、袴田という男は、かなり信頼のおける相手だったんでしょうね。それが金銭的なことなのか、人間性ということなのか分かりませんけどね。でもその時、袴田は、一刀両断で断ったそうです。秒殺だったようですよ。きっと、袴田にとって、いくら信頼のおける友人であっても、お金の貸し借りはご法度だという考えを持っていたのではないかと思うんです。これも袴田という男を表す一つに指標のようなものではないかと思われますね」

 というと、彼は少し溜息をついた。

 どうやら、大学時代のことを思い出しているのだろう。そのうえで、溜息をついたのだ。

 溜息をつきたくなる何かがあるのだろうが、今の話を訊いている限り、二人の関係は、同じような友達関係を築いている仲間内にも、どこか歪な関係に見えているようで、それがため息に繋がったのではないだろうか。

 刑事もつられて、思わずため息を漏らしたが、これは彼の溜息とは違い、こういう関係で成り立っている友人がいるということへの違和感だったのだ。

 山内にとって袴田が、袴田にとって山内がどういう人間なのか分からないが、どうやら、山内は、女性関係のことに関して、袴田に対して尊敬の念を抱いていたということであり、その思いからか、山内は、袴田が信頼の厚い友人であると思って、お金の無心をしたが、袴田としては、

「それとこれとは話が別」

 ということで、あっさりと、友人の申し出を断るという冷徹な部分があるようだった。

 これは、相手が山内だったからなのではなく、誰にでも同じ態度だったと友達は言っているが、実際に困り果てて、悩んだ挙句、袴田に頭を下げるという屈辱にも耐えてお願いしたのに、秒殺で断られるということになると、下手をすれば、恨みに思うのではないだろうか。

 恨みに思わなかったとしても、二人の間の関係にひびが入るくらいのものだろうと思えた。袴田という男、どこまで冷徹なのか、刑事はこの間、袴田に会った時のことを思い出していた。

――なるほど、彼がいうような性格だと言っても過言ではないかも知れないな――

 と思った。

 さらに、山内は袴田とはずっと会っていなかったと言ってが、そんな山内が袴田に会った時に、まず最初、何を考えるのだろう?

――尊敬の念が浮かんでくるのか、それとも、お金を借りようとした時、けんもほろろに秒殺で断られた時のトラウマや屈辱がよみがえってきたのか、どっちなのだろうか?

 と感じていた。

 ずっと、音信が不通だったのも、敢えて山内が連絡を取らなかったからなのかも知れない。袴田という男の性格から考えて、すでに卒業してしまったことで、一度切れてしまった山内との友人関係が復活することはありえないだろう。

 社会人という環境が変わったことで、一度リセットして、大学時代と同じような一対一の友達関係を築ける人を探したに違いないからだ。

 山内も同じだったに違いない。二人は十年近くも疎遠だったと言ってもいいかも知れないが、突然の出会いで、どちらかが、

「まるで、大学時代が昨日のことのようだ」

 と感じたのだとすれば、それが懐かしさになって、よみがえってきたのだとすれば、その人の方から、

「募る話もいろいろあるだろう。どうだい? ちょっとお茶していかないか?」

 というような話になったのではないだろうか。

 だが、どちらからもそのような申し出はなかったという。袴田はその後に用事があるということを言ったようなので、それも無理はないことなのかも知れないが、山内の方としても、現在は借金があって首が回らない状態になっているので、まずお願いしても、絶対に貸してくれるわけのない人を相手にする時間もないというものだ。

 しかし、逆に、そんな借金まみれで疲れ切った状態なので、気分転換という意味で、話がしてみたいと思ったとしても、それは無理のないことだ。

 そのとこを、取り調べの時にまったく口にしなかった山内だった。あくまでも、

「袴田という男に出会った」

 ということだけを口にして、

「袴田に聞いてくれ」

 と形式的なことしか言わなかった。

 それが取り調べにおいてのことなので、それはしょうがないことではあるのだが、山内は、いきなり警察の訪問を受け、さらに重要参考人として逮捕までされ、尋問を受けることになったのだから、頭の中が混乱しているのだろう。

 いや、それとも、警察の取り調べまでは予想していたが、まさか逮捕会でされるとは思っていなかったので、そこまで取り調べの言い分を考えていたわけではなかったのだろう。だから袴田のことを思い出すのにも時間が掛かったと言えばそれまでだが、本当にそうであろうか。

 何か思い出すまでに時間が掛かったかのように思わせるトリックがそこに含まれているとすれば、山内という男は、かなりしたたかだと言えるだろう。

 だが、大学時代の友人に聞いてみると、したたかと思えるのは袴田の方で、山内は絶えず、袴田のケツを追いかけているにすぎないと思わせるのだ。

「そうか、この二人の関係における、山内から袴田への尊敬の念は。このしたたかさにあったのかも知れない。したたかというのは漢字で書くと、強かという『強』という字になる。そんな強さに、山内は惹かれたのかも知れない」

 と、刑事は感じた。

「袴田と山内の関係がどのように事件に関係しているのか分からないが、関係性という意味では大いに興味をそそられるな」

 とも、考えていた。

 それにしても、山内を取り調べている時に、まるで思い出したように、袴田の話が飛び出した。前述のように、取り調べで追い詰められた状態で、頭がパニックになっている間、何を言われるかとビクビクしている間のことなので、思い出せなかったのも仕方のないことだろうが、果たしてそうなのだろうか?

 満を持して、袴田の名前を出したのだとすれば、そこに山内の計算があったのかも知れないが、それは今までの山内を見ていてもそこまでは考えにくいことであった。

 だが、それも、山内の性格というものが、今のところ、袴田という男の存在が、大きく山内の性格を表しているようにも考えられる。

 袴田の存在が強すぎて、山内は本当はもっとしたたかなのかも知れないが。それを思わせないほどの袴田の性格。まさか、そこまで山内が計算して袴田の名前を出したのだとすれば、確信犯的なところがあると言ってもいいだろう。

 だが、これはあくまでも、証人としての話である。二人が示し合わせでもしていない限り、実際に証言を都合よく求めることはできないだろう。

 そう思うと、最近の二人が、どこかで会っていたり、誰も知らないところで連絡を取り合っていたなどということがないかと考えられた。

 山内のスマホは押収され、当然のことながら、通話履歴、LINEのやり取りなども確認された。しかし、山内の連絡先も登録されていないし、履歴もない。

 履歴を消した形跡もなければ、誰か分からないと思えるような不思議な相手も、その連絡先には存在しなかった。少なくとも、スマホにおいての連絡先は分かっていないのだ。

 山内も、袴田(婚約者はいるが)も独身なので、奥さんにバレるなどという心配もないし、山内には付き合っている女性もいないという話だったので、スマホを見られても困るということはないので、カモフラージュするような相手がいるわけではなかった。

 だが、実は山内という男は、思っているよりもしたたかな男のようだった。

 これは山内の会社の同僚に聞いた話だったが。

「山内さんですか? 山内さんという人は、女性を好きになることの多い人でしたね。結構、痛い目に遭っているというのも聞いたことがありましたけど、ずっとああいう性格だと疲れるじゃないかと思っていますよ」

 と言っていた。

 これは、大学時代の仲間に聞いた話と共通性があった。

 ただ、今の山内は。大学時代と違って、社会人としてのわきまえはあるようで、むやみやたらに告白をすることはなかったという。

「彼には、自分の好きな女性のタイプというのがハッキリしているので、告白の回数が多いと言っても、誰でもいいというわけではないんです。そういう意味で、性格的には本当に素直なんでしょうね。でも、それを感じさせないほどの告白をしているので、まわりに受け取られる性格としては、損をしていると思います」

 と同僚は言った。

「じゃあ、彼には、あまり強かなところはないということでしょうか?」

 と聞かれた同僚は、

「そんなことはないと思いますよ。彼は彼で、素直な性格がゆえに、結構損をすることが多かったですからね。その都度傷ついていたりするので、それが蓄積してくると、かなりのダメージであったり、トラウマが残ると思うんです。でも、そこまで感じさせる雰囲気はないので、それを感じさせないということは、それだけ彼に強いところがあるか、あるいはしたたかだということなんだと思います」

 という。

「あなたは、彼がしたたかだと思っておられるのですか?」

 と聞かれた同僚は、

「ええ、そうなんですよ。でも、この考えは私だけではなく、他のまわりの人も感じているように思うんですよね。というのは、彼には、毎回成長しているところがあって。特に会議などでの発表の際には、まわりの同僚であったり、上司からも一目置かれるほど、真面目に取り組んでいて、それが少しずつ実を結んでいるんです」

 という、

「それがしたたかだということと、どう関係があるんです?」

 と訊かれて、

「山内は、そんなに器用な人間ではないので、特に人間関係では結構苦労をしていました。その彼が、最近は人間関係で悩んだりしているのが見えないんです。どこか自信のようなものがあって、それがしたたかさから来るものではないかと思うんですよ」

 と同僚が言ったが、

「それのどこがしたたか?」

「器用な人間でもないのに、特に人間関係のような生き物のようなものに対して悩んでいないということは、どこかしたたかさがないとできないことだと思ってですね」

 と、同僚は言った。

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