第五十七話「月城朱音19」
戦車を粉々に粉砕するほどの威力がある対戦車地雷が爆発する。爆風と圧が六号棟の正面玄関を包み込んだ。六号棟がずずんと揺れ動いて天井からほこりが舞い落ちる。廊下を疾走していた私は急停止する。衝撃に驚いたのもあるが、目の前に新手が出現した。古代ローマ兵のコスプレをしているモンスターたちが、テストゥドと呼ばれる戦術を使って前進する。機動隊のように密集して盾を前方と上方に構え移動する戦術だ。
モンスターが使っている盾は米軍の防弾盾にスプレーでペイントを施してスクトゥムに見立てたもの。兜はこれまた米軍の戦闘用ヘルメットに飾り付けをしてカッシウスに見立てたものだ。見た目は古代ローマ兵そのものだが、防弾性能は高い。
私と藤宮が20式5.56mm小銃を連射する。テストゥド、ラテン語で亀という意味合いの戦術の弱点を防弾装備で補った集団に私と藤宮の攻撃は無意味だ。
「チッ」
一旦下がって、別ルートから目的地を目指そう。後ろを振り向いた私は舌打ちをする。
「退避、はさせてくれないようだな」
剣闘士のコスプレをしているボスが仁王立ちをして通せんぼしていた。ボスがグラディウス、古代ローマ時代の刀剣を放り投げた。刀身は肉厚そして幅広、力強い剣撃を受け止めても折れない頑丈な作りで、なおかつ剣の先端が鉛筆の芯なみに尖っているため、刺突して相手の防具を貫くこともできる。切れ味は日本刀には劣るが、刺突と斬撃。両方に対応している剣だ。
テストゥドと呼ばれる密集陣形からモンスターが一体前へ出て、スケッチブックを掲げた。大きな字で一撃与えれば通すと書かれている。
「決闘か」
「涼風をお願い」
闘志を剥き出しにする私を藤宮が制した。グラディウスを拾った藤宮が構える。
「藤宮、」
藤宮の肩を掴む。藤宮の顔を見た私は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「任せて」
「分かった」
戦ってほしくないその本音を押し殺して藤宮を送り出した。私は戦いの行末を見守る。剣同士が衝突する。ボスが藤宮の剣を押し返す。体勢を崩した藤宮の足が数歩勝手に後退った、ボスの刺突が藤宮の腹部に襲いかかる。
剣先が藤宮の皮膚に浅く沈み、血を排出する。
防弾チョッキのセラミックプレートが剣が突き進む力をかなり減衰した結果。臓器に到達する前に剣の牙が抜かれた。
死ぬその文字が浮かび歯を噛み締めた藤宮は違和感に気がついた。感覚が間違っていなければ傷は浅い。なぜ? と疑問に思う藤宮だったが、考える余裕はなかった。ボスの追撃が来る。首を狙った横振りを頭をすばやく下げて回避した藤宮。二撃、横っ腹を裂く攻撃を剣を盾にして退ける藤宮だが、回転を加えて放たれた威力を完全に受け止めることができなかった。
藤宮の剣が手から離れ、地面を滑っていく。藤宮が素早く距離を取った。拳銃を構え乱射する。ボスが両手を大きく広げる。はーと白息を吐いて藤宮にゆっくり接近する。弾丸をものともしない様子はまさしく
私は走る。脳裏に首を失った藤宮の姿、未来予想が映った。
『伏せろ! 掃射する!!』
密集していたモンスターたちが、廊下に連なる大きな窓ガラス越しにヴァイパーを凝視する。ヴァイパーの20mm機関砲が回転を開始。モンスターをミンチにする。虐殺するな! やめろやめろ!! とヴァイパーに身振り手振りで訴えかけるボス。無視するパイロットに嫌気が差したボスが無視するなーとグラディウスを槍投げの用法で投げた。
グラディウスがフロントガラスを突き破る。パイロットの首に剣先が入り、首をシートに固定する。どくどくと流れる血がパイロットの制服を赤色に染める。失いかける意識を必死に保つパイロットが操縦桿をボスめがけて傾けた。
窓ガラスを破壊して突入するヴァイパー。プロペラがボスに急接近する。ちょちょちょと後ずさるボスの胴体がまっふたつになった。
壁に激突したヴァイパーが爆発する。
爆風に背中を押された私、藤宮、涼風は黒い水溜りが点在する廊下を転がる。騒ぎを聞きつけて集まったモンスターたちが弱る獲物のハントを開始する。
ハントをするモンスターの後ろで、黒い水溜りをこねこねしてバケモノを生成する奴がいた。バケモノはああやって増殖していくのか。
野盗のコスプレをしているモンスターの一体がジャンプ。先程まで藤宮が倒れていた地面に剣を突き立てた。横に一回転して避けた藤宮が拳銃を発泡する。ぐ、ぐぐと地面の奥深くまで入ってしまった剣を引っこ抜こうとしていたモンスターの右側頭部に命中。私は顔を上げる。視界の先に槍を持ったモンスターが立っていた。
どんどん大きくなっていく矛先が逸れた。
夜な夜ないずもの機関室で行われていた私物を賭けたポーカー勝負。そこでぶんどったナイフ。ブラボー1を藤宮が矛先に叩きつけた。火花が散り、矛先の狙いが私の顔面から藤宮の左足に切り替わった。太ももを掠って血が飛沫する。
モンスターの右目にブラボー1を数回刺しては抜きを繰り返して殺した。藤宮が小銃を構えて、走り寄るモンスターたちの頭に弾丸を埋め込んでいく。藤宮と自分の間に涼風を入れ込んだ私が拳銃のマガジンを交換する。一列になって進み、地下に続く階段まで辿り着いた。
満身創痍の私と藤宮が力を振り絞って階段下の電気室めがけて疾走する。小銃の弾薬は尽きている。藤宮が小銃をバットのように持ってバケモノを殴り飛ばした。
必死に二人の背中を追いかける涼風。備品室に隠れていたモンスターがタイミングよく、部屋から飛び出した。涼風の腕を掴む。ご主人様、大丈夫ですか? 僕達といっしょに来てください。そう言いたげにわらわらと涼風に集まるモンスターたち。
「その手を離せ!」
藤宮が涼風を掴む腕を小銃の銃床で殴り、折った。涼風を蹴って私に渡した藤宮が怒り狂うモンスターを道連れに死後の世界に行こう。と決意する。その決意を私は無駄にする。藤宮の襟首を掴んだ、そして引っ張る。無理やり下げられた藤宮を涼風が受け止める。藤宮の手から落下した手榴弾が地面を転がる。
「藤宮まで失ってしまったら私は私でいられなくなる。それだけは嫌なんだ」
私の背中に複数の槍が突き刺さった。腹部を貫いた槍が赤く彩られる。
藤宮の叫びが絶叫が空気を揺らす。殺意を剥き出しにする藤宮が無謀な特攻を敢行しようとするが、暴れる藤宮を必死に抑え込む涼風に邪魔され、できない。
涼風は藤宮に殴られ、頬に痣が鼻から血が溢れている、それでもひとりぼっちは嫌だその思いが涼風の体を突き動かしていた。
モンスターの集団に私は覆われる。藤宮の姿が見えなくなった。保っていた勇気が消えた。藤宮、ありがとう。
「やっぱりまだ、死にたくないなぁ」
呟きが喧騒にかき消される。一発の銃声が轟いた。
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