第五十五話「月城朱音18」

 いずもの戦闘指揮所に入った涼風と私を総理が迎え入れた。総理をひと目見た私は信用できない人だなと感想を持った。それはある意味正しい感想なのかもしれない。本来ならば総理はいずもにはいなかった。臨時の国会議事堂に指定された札幌市役所の一角に閉じ込められるか死ぬ運命を辿ることになっていたはずだ。

 だが、日本を救う守る大義名分を掲げてやってきたロシア軍は絶対に良からぬことをする。怖いとなにかと理由をつけていずもにやってきてそしてなにかと理由をつけて居座った結果、北海道全土を襲った寄生爆発に巻き込まれることなく現在も無事に総理を続けている。


「初めまして。総理の小山賢太郎です。さっそくで悪いのですが、本題に入ります。二尉。涼風陽菜さんを研究所の地下にある日米共同施設、インビジブルに護送することが決定しました。藤宮三尉とともに同行してください。安全は特殊作戦群が保証します」


「涼風に相談もなしに決めたんですか?」

「そのことに関しては申し訳ないと思っています。ですが、第4のワクチンを開発するには涼風陽菜さん。本人をインビジブルに届けるしか方法がないのです。拒否したとしても連れていきます。我々が生きるために」

「群司令も同じ考えですか?」

「答える前に謝っておかなければならないことがある。研究員からは血と唾液のサンプルでも可と言われている。だが、人員の観点から考え、一回だけ行う余裕があると結論に至った。もしも、もしもだ。血と唾液だけではダメだったとなれば作戦のために死んだ者を犬死させたことになる。大人の都合を子供に押し付けるべきではない。絶対にない。すまない。わたしも総理と同じ考えだ」


「嫌な大人にだけはなりたくなかったんだがな。涼風、やってくれ。私のために」

「わかっ、た。やる」

 双葉の顔が浮かんだ涼風は一瞬言葉を詰まらせたが、同行を明言する。私は理解していた。命を救い、守り、友として親愛を得た私が言えば涼風は双葉と一緒にいたいその思いを心の奥底に押し込めてくれる。親愛を無下にできない人間であると。



 私と涼風があてがわれた士官寝室に入室する。先行してくつろいでいた藤宮と双葉がトランプやろうぜと誘う。いつもの楽しいひと時が訪れないことを藤宮は悟った。


「涼風をモンスターの支配下にある研究所に護送することになった。おそらく片道切符の任務になる。双葉、少しの間、お別れだ」


「は?」

 双葉の手から落下したトランプが床一面に散らばる。

「涼風の安全は保証する。特殊部隊も同行するんだ。私たちを信用してくれ」

「朱音と藤宮のことは信用してる。でも片道切符ってなに? 涼風はどうなるの?」

「目的地まで護送することはできるが、帰路まで面倒を見る余裕はない。地下施設に軟禁状態になる。ワクチンの開発に結びつく情報もしくはワクチンのサンプルを用意することができれば、群司令が決死隊を送り込む。大丈夫だ。再び会える。涼風は私と藤宮がどんなことをしてでも守る。だから耐えて」


「嫌だ。日本のためにどうして涼風が行かないといけないの? 大人の仕事でしょ」

「そうだ。大人がやるべきことだ。でもできなかった。だから子供に押し付ける他にない。頼む。涼風を預けてほしい。必ずまた会える、保証する」


「関係ない! 私は涼風と一緒なら他がどうなってもいい!」


「っ。え? 」

 頬を叩かれた双葉が不可思議な表情をする。涼風に叩かれた事実を事実として認識できていない双葉が硬直する。


「私も同じだよ! でも、朱音を無視するなんてできないよ。助けを求めているのに手を差し伸べないなんて私にはできない。だからお願い。笑顔で送り出して、ここに残りたいなんて思わせないで。お願い、ことりちゃん」


「……で、で、も……いってらっしゃい」

「いってきます」

 お互いこれが最後になるかもしれないと感じていた。だからこそ抱擁に力がこもる。今回は今までとは違う。危険が向こうからやって来るのではなく自ら飛び込む。そして無事に辿り着いても戻れないリスクを覚悟して行かなければいけない。


 私は藤宮を連れて部屋から退出する。二人の時間を邪魔しないために。それは言い訳だと私は分かっていた。本音は罪悪感に押しつぶされそうになった自分の心を守るために逃げたい。その一心に支配されてのことだ。



 壁にもたれかかった私が迷彩服3型のズボンのポケットから酒ではなく、ドロップ缶を取り出した。非常持ち出し袋に入っていた飴だ。


「不安になったときはいつも舐めてるけど。癖みたいなもの?」

 私の隣に立っている藤宮が質問する。

「ああ。昔、食うもんがなくて泣きたいとき飴舐めて抑え込んでいたからな。その反動で、説明はできないけど。なぜか手を伸ばしてしまうんだよ」

「一個頂戴」

「ん」

 士官寝室の扉が開かれた。涼風が喜びと後悔が入れ混じる表情をして士官寝室から廊下に移動する。ほのかに赤みを帯びた頬をしている涼風が決意を新たに私に歩み寄った。

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